2009年02月08日

次から次へと

なんだか今年になってやたらに忙しい。
先月末の恐怖の原稿100枚一週間書きがようやく終わったと思ったら、恒例のオーディション。
その翌日から出張。偉い人から現場の対応、おきまりの夜の呑み会までけっこうクタクタ。
やっと戻ってきたら今度は著者校が待ってるし、出版に向けて、リライト&加筆の打ち合わせもこれから。
そんなところに降ってわいたのがレース出場の話。
3月8日に「天草パールラインマラソン」というのがあって、それに出場登録されてしまったのだ。
といっても10キロの部で(当たり前だけど。それ以上走れるわけがない)、初めてのレースとしてはちょうどいいかなと思ったわけです。
しかし。レースまでもう1カ月。
こんだけいろいろ抱え込んで、果たして調整が間に合うのか。というより調整がどんなモノかも知らない状況なんですが。

うーん。
とにかくまじめに走ろう。


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2009年01月29日

寝酒っていいものだね

1週間で原稿100枚というハメになったのは、降ってわいた災難に見舞われたようなものだと思っていたら、実はそうではなかった事が判明。
原稿書きのため、前に書いたことを参照しようと、封も切らずに置いていた前号の掲載誌の封筒を開けたら、一枚の紙が出てきたのだ。
「次号の〆切りは一月末日です」……。ちゃんと書いてあるorz

ま、ともかくこの3日、昼は仕事で夜も原稿書きであります。
運良く今週は夜8時過ぎくらいから原稿に向かえるのでそこからぶっ続けで5、6時間。休憩も気分転換も一切なし。
その結果3日目のきょうまでに80枚達成。
うおーっ、頂上が見えてきたぞー!

ただ、さすがに根を詰めてひたすら書いていると深夜2時、3時に頭が昂奮して寝付けない。
「ああ、あそこはこうかけばよかったなあ、ここはこうだよなあ……」とか。
なので、寝酒が必要。
というか寝酒の意味が初めて分かったような気がする。
とりあえず、ラスティ・ネールなどを引っかけて、深夜のほっとタイムなのでした。

とにかくもうちょっと。

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2009年01月26日

そ、そんな

現在連載中の原稿の次の〆切りがいつなのか、全然連絡がなかったので、こっちから訊いてみた。恐る恐る。
すると今日、メールで返信が。
こういう予感に限って当たるもので、「〆切りは31日ですよ」とのこと。

なんてこった!
多分正月を挟んだのでごちゃごちゃして連絡が漏れちゃったんだろうけど、うわああ、あと1週間。
「最悪来月7日まで待てますよ」という優しい言葉も付いていたんだけど、1日から6日まで出張だし。
どうしよ。予定では最低100枚で、なおかつ今回は最終回になるかもしれないので更に増える可能性もあるのだ。
1週間100枚以上って、これまで経験したことのないペースだなあ。
初めてハーフマラソンレースに出る時ってこんな感じなのかなあ。

なんて妄想してる場合じゃない!(既に現実逃避だね)。
まあ、今週は本業の方がそれほど混みあってないのがせめてもの慰め。
何とか時間作るしかない!

などとこの場で決意表明して自分を追い込むのでありました。


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2009年01月21日

47歳の大統領と27歳の作家志望

ついに子ブッシュがいなくなった。
オバマ新大統領への尋常ならざる期待値はブッシュが消えるということでものすごく底上げされているんだろう。
でもアメリカ国民の皆さんが今どんなにブッシュを嫌おうと勝手だけど、2期8年もの間この男を指導者に選んだのは自分達だという自覚だけは持っておいてほしいと切に思う。世界中が洒落にならないほど迷惑をこうむって、挙げ句命を落とした無辜の民が世界にどれだけいるのか、アメリカ国民は絶対に忘れるべきじゃない。

で、オバマ新大統領の演説。感動的なラストばかり紹介されているけれど、実はかなり冷静に政策を語っている。それも端的に。
「今日問われているのは政府の大きいか小さいかではなく、政府か機能するかどうかだ。適正な賃金の仕事や負担可能な医療費、尊厳ある退職後の生活を手に入れる手助けを政府が出来るかどうかだ。その答が『イエス』の時、我々は前に進む。『ノー』の時、その政策は終了する」
シンプルだ。シンプルだが小泉元首相と決定的に違うのは中味があると言うこと。世界各国で続く「大きな政府・小さな政府」の論争にきっちりと責任ある政治家として答を出している。こんなシンプルな言葉を日本の政治家はなぜ言えないのかな。

安全保障についても同様だ。
「防衛に関し、我々の安全と理想は二者択一であり並列しえないという考え方はまやかしであり、否定する」。
ネオコンや日本のタカ派の主張する「平和主義は理想である」という批判を(そしてブッシュの8年間に世界に広まった考え方を)真正面から斬って捨てた。しかし新大統領は理想主義に走っているわけではなく、冷静に計算している。
「先の世代は(第2次大戦)、我々の力だけでは我々を守ることは出来ないし、その力で思うままに振る舞っていい訳ではないことをわきまえていた。軍事力は思慮深く用いることでその力を増すことを踏まえ、我々の安定は我々の大義の正しさと力強さ、そして謙虚さや自制からもたらされることを知っていた」。
軍事戦略論としても秀逸であり端的だ。

これだけ短い言葉で内容のあることを指し示すのは簡単じゃない。と思っていたら、この演説、オバマ大統領が27歳の側近ライターと二人で書き上げたという。
このライターは「小説家になりたい」と話しているそうだけど、現実を見つめて端的な言葉に纏めあげるこの手腕は政治にこそ向いているんだろうな。
しかし自分より20歳も若いパートナーとこれほど重要な仕事を纏めあげていくオバマ大統領の柔軟さには驚く。
演説の内容よりむしろそのことが今後のオバマ時代を象徴することになりそうだ。


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2009年01月19日

悪魔が気づく前に


重く辛く胸が悪くなるような。陰惨で救いがない。絶望。
そんな映画だった。

「その土曜日、7時58分」。

ニューヨーク。兄は会社での使い込みがバレかけている。弟は離婚した妻子の養育費すらまともに払えないダメ男。まあどこにでもいそうな兄弟だ。
「とにかく金があればリセットできる」。
二人が企んだのは強盗。押し込み先は両親の宝石店。保険にも入っているし誰も傷つかないはずだった。しかしずさんな計画にダメダメな男たち。あっさりと計画は破綻し後には悪夢のような──目覚めることのない悪夢が待っていた。

「普通の人間」が出口のない犯罪に追い込まれる過程を細かなエピソードの積み重ねで描いていく。
さらに強盗を軸に時間を往き来しながら、それぞれの登場人物の視点から「なぜこうなってしまったのか」を徹底的に描き出していく。
それが息苦しい。見る者に全く救いを与えない。
登場人物たちは皆一様に一生懸命に生きようと──ナンバーワンでなくてもいいからオンリーワンとして生きようと──努力をしている。どうあれ一生懸命人生を生きている。ひとつの事態が破綻しかけたら、何とか事態を少しでも良くしようと知恵を絞り汗をかく。しかしそれはことごとく悪い方へ転がる。当たり前だ。目の前のことだけに一生懸命で全く周りが見えていないのだから。観客の視点からは悲惨なくらい馬鹿にしか見えない。
目の前のことだけに懸命なので、彼らには正義と言うものが存在しない。正義なんてもので飯は食えないから。そもそも両親の家に強盗に入ることを選択した時点で正義は棄てられている。でも強盗の理由は、人間としてやり直し一から出直すためなので、彼らはその先には正義があると思っている。そう、すでに前提にしてからが馬鹿なのだ。

しかしこれは私たちの当たり前の姿でもある。私たちは理想を口にし、その実現のために今を生きていると思っている。その為には多少の犠牲や罪を犯すこともやむを得ないと何処かで都合よく考えている。「それが現実だ」と。自己欺瞞を重ねて生きていくことが当たり前になっている現代。その先には地獄が待っているんだと告発する。
だから息苦しい。

この映画の原題は「BEFORE THE DEVIL KNOWS YOU'RE DEAD」という。
「あなたが死んだことを悪魔が知る前に」。
これだけではよく意味がわからないが、このタイトルが出る前に、スクリーンに「May you be in heaven half an hour」という文章が綴られる。
「May you be in heaven half an hour before the devil knows you're dead」
──悪魔に気づかれる前に、天国に行けますように。
アイルランドの慣用句だそうだ。

この映画、シドニー・ルメットの新作ということで観に行った。
御年84歳。最近あんまりぱっとしないと思っていたけれど、考えてみれば70歳から84歳までの作品にろくなものがない、などという方がどうかしている。
しかし84歳でこんな映画作るか。何があったんだシドニー・ルメット。

シドニー・ルメットといえば、「12人の怒れる男」であり、「セルピコ」であり、「狼たちの午後」であり、「評決」だ。
「12人の怒れる男」はたった一人の男が11人の陪審員を説得し法廷の正義を実現する映画だったし、「セルピコ」は腐敗した警察の中で正義を信じる刑事が身の危険も顧みず仲間を告発する映画だったし、「狼たちの午後」は銀行強盗に入ったダメ男たちが希望に目覚めていく映画だったし、「評決」はクズ弁護士が正義に目覚め、誇りを取り戻していく映画だった。
正義のない社会に正義を求める。それがシドニー・ルメットのスタイルだったはずだ。
それが84歳にして正義に絶望している。社会派の巨匠はついに正義などというものは存在しないと悟ったのだろうか。
この映画は、家族の絆すら否定したあげく、今年73歳になる名優アルバート・フィニーが真っ白い光に包まれて去っていくところで終わる。全てを否定し葬り去った彼だけは「悪魔に気づかれる前に」天国へ向かったのだろうか。

最後に役者について。
久しぶりのアルバート・フィニーはもちろんいい。
いまやすっかり「怪優」として知られるようになったフィリップ・シーモア・ホフマンは、誰もが持っている狂気に乗っ取られるまでを生き生きと演じている。柔和な笑顔を絶やさず犯罪計画を語るところなんざ瞠目ものだ(しかしこの人、僕より年下なんだよな、びっくり)。
どうしようもないダメ男を演じるイーサン・ホークも素晴らしい。馬鹿なのに,馬鹿の癖に事態を好転させようとしてのっぴきならない羽目に追い込まれる男を説得力たっぷりに演じている。

それから音楽もいい。静かな緊張感を持続させる。
この映画観ていて「ノー・カントリー」とテイストが何となく似てるなあと思っていたら、音楽が同じカーター・バーウェルだった。

とにかくいろんな意味で観て損はない一本。



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2009年01月17日

パッションがあれば懐メロにならない

山下達郎のコンサートに行ってきました。
いつもなら若干詳しくリポートを書くところ。ましてや6年ぶりの全国ツアーとくればなおのことなんですが、ライブの終盤、達カさんが「ツアーが終わる4月まで、ネットなどでのネタばらしは控えてください」という呼び掛けがあり、セットリスト含めてきょうの時点では書かないことにします。

ですが素晴らしいパフォーマンスであり、山下達郎はおそらく現在最高のポップミュージシャンであることをあらためて印象付けたことは間違いないライブでした。
とにかく鳥肌が立ちっぱなしの全体を貫くグルーブ感が素晴らしい。
今回のツアーからドラムが小笠原拓海に代わり、ファンの注目もそこに集まったと思うんだけれど、これが素晴らしい。まだ24歳。アラウンド50のメンバーの中ではやたら目立つけど(達カさん曰く「ウチの娘と同じ年」)、「これからの日本の音楽シーンを背負って立つ」という達カさんの紹介に嘘はない逸材。

達カさんのMCは、綾小路きみまろのマネまで飛び出すサービスぶりだったけど、硬派なスタイルは健在。
「RIDE ON TIME」から28年、「クリスマス・イブ」から25年が経ったことを紹介し、「もう懐メロだよね」と嘆いてみせる。
「こういう懐メロにすがってディナーショウでもやってれば楽だよね」。

ここで達カさん、猫背気味の背中をぐいと伸ばし、客席を見据えた。
「でもね、ロックンロールはパッションだ。パッションがあれば懐メロにはならないんだ」
「いつまで声が出るのか神のみぞ知るけれど、これからもロックンロールのパッションを持ち続ける」
思わず熱い拍手を送り続けてしまった。

山下達郎56歳。
僕はどこまでパッションを持ち続けていられるのだろう。
「懐メロ」な人生に用はない。



ラベル:山下達郎
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2009年01月11日

今年の目標

なんて、松も明けた今頃になって何言ってんだと言われそうです。
元来不言実行タイプで(というか口に出しちゃうとやらなきゃならないから面倒というだけ)、今回も黙ってようと思ったんですが、でもこれだけは宣言しておかないと絶対に達成できないようなことがひとつあるんです。

何かというと、ハーフマラソンレースに出たい!

調子に乗ってますねえ。走り始めたの先月ですよ。まだ累計13回しか走っていない。それも最高5.5キロ。何言ってんだかと自分でも思います。

昨日今年初めてジムに行って汗を流しました。ラン5キロスイム2キロ。
年末年始のブランク明けだったので筋トレもいれてフルメニューというところ。
ランは、最初の頃は身体のコントロールもよくわからなかったんですが、金哲彦さんの「3時間台で完走するマラソン」(光文社新書)を読んで目から鱗でしたね。ここに書いてあるポイントをいくつか実践するだけで見事に身体が軽くなる。本当に走りがスムーズになる。びっくり。
金さんは今日の京都の女子駅伝のテレビ解説もしていましたが、歯切れよくわかりやすく論理的。こういう指導者がスポーツ界には大切なんだろうなあ。

で最近、右脚の筋力が左脚のそれに較べて明らかに低いことが分かってきて、右脚の筋力強化中。片脚だけ強化してバランスのとれた脚力を実現するにはどうしたらいいかも金さんの上記の本の中にちゃんと書いてある。
で、自分もそのうちレースに出られるんじゃないかと思わせられる。

運動嫌いのマラソン初心者をその気にさせるおそるべき本。
おすすめです。




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2009年01月09日

怒濤の新年と初怒り

年が明けて間もなく10日。
3日から仕事に復帰してずっと働いているわけだけど、とにかく忙しかった。夜は夜で新年の挨拶だなんだと帰れない。
まあ、特に帰るところがあるわけでもないという(もちろんあるんだけど)気易さもあって、明け方2時間ほどうとうとして出勤→早朝3時間ほどうとうとして仕事場へ→日の出の頃布団にくるまって……という生活を一週間続けたらさすがに疲れた。もう若くないんだなあ。

新年早々のこの欄に「ことしは大波瀾万万丈な年」などと書いたけど、初っ端からこれじゃ身体が持たない。

ところで話はがらりと変わりますが、昨夜昔のサザンコンフォートと今のサザンコンフォートを飲み比べさせて貰った。
これがもう、昔の方が美味いのなんの。深い香り、こくのある甘み、殆ど別の酒である。
でも昔の方はもうまず手に入らない。
バーボンもそうだけど、効率と販売至上主義(ライトな酒が「トレンド」みたいな)が、頑固一徹だったはずのアルコール文化も蝕みはじめているのかと思うと、あまりの情け無さに涙が出てくる年の始まりでした。

で、このサザンコンフォートにアマレットをあわせると「シシリアン・キス」というカクテルになるそうだ。
本当に甘いカクテルなんだけれど、下品に流れずほっとする香り。疲れているときのベストカクテル。



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2009年01月05日

この先30年

昨夜のこと。
20年近く世話になっているマスターが酒を奢ってくれた。
カウンターに坐って、ぼーっとバーボンロックなどを飲んでいたら、目の前に大振りのショットグラスがぽん、と置かれた。
マスターは何も言わず、笑っている。
軽く香りをかぐと、優しい。
脣を湿らすようにして口に含むと、柔らかく華やかな香りに包まれる。
スコッチだ。それも飛び切りの。

(あててごらん)というようにマスターが見ているので、思い付くままにいくつか挙げてみたが、どれも違った。
「30年物なのにわからんかな?」という一言ではっとした。
「バランタイン?」
そしてカウンターの上に置かれたのは紛うことなきバランタインの30年。

「初めて飲んだよ」
そういうと、マスターは「うまかろ」と言って私の目を見た。
「これから30年、決めたことは続けないかんよ」
そういってまた笑った。

ありがと。
マスターの気持ちに応えられるかどうか自信はないけど、このバランタインの味は忘れない。


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2009年01月04日

大人の定義2009

みなさま、明けましておめでとうございます。
いつも御世話になっている方、このブログだけで私をお知りの方、普段不義理をしている方、とにもかくにも今年もよろしくお願いします。

さて、去年は私にとってなかなか波瀾万丈だった年でしたが、今年は去年以上に大波瀾万万丈な年になりそうな予感がしています。
といいますか、つまりは人生も半ばを過ぎ、そろそろ中締めをして次のステージを見付けないといけないという焦りのようなものもあります。
皆様方におかれましてはまたいろいろ厄介をかけるかもしれませんが、温かい目で見てやって貰えると幸いです。

などと柄にもないことを考えていた正月の実家でのこと。
妹夫婦が子どもを連れて帰省していました。
上の女の子は小学一年生、下の男の子は幼稚園の年少組。
本来なら私はれっきとした「おじさん」なのでありますが、なぜか彼女彼らにファーストネームに「くん」付けで呼ばれているのであります。
仮にここでは「灯くん」ということにしておきましょう。
上の子は、昔は「セミは夏が終わるとゴキブリになって冬を越すんだよ」「えー、すごおい」などと私の言葉にいちいち感動してくれていたのに、どうも最近冷たい。
この年末年始も「また灯くんが嘘ばかりついてるよ」などと親に告げ口される始末。それもどうも上から目線。七歳児に上から目線とはどういうことかと思っていたら謎が解けました。

私が同窓会で留守にしていた夜、私が以前出演した番組のDVDをこの子たちに見せたらしいんですな。そうしたら二人の驚くこと驚くこと。
「灯くんがテレビに出てる!」「出てる!」
そこで「ほら、灯くんはちゃんとお仕事してるね」と妹だか親だかが言ったところ、さらに大騒ぎ。
「えーっ、灯くん、お仕事してるの??」
「そうだよ、お仕事してるんだよ」と説明しようとする親たちにトドメの一言。
「灯くんって、大人だったの!?」

おい、今までいったい何だと思ってたんだ。
という当然の疑問に対して彼女はこう答えたらしい。
「だって、大人は灯くんみたいな馬鹿なことはしないんだよ!」

あのね。
どうにも君たちのお母さんのお兄さんなんだから大人に決まってるだろ!というのはどうやら子どもには通用しない考え方のようです。
「大人」=ちゃんとしている。
「子ども」=馬鹿なことしたりして怒られる。
「紅灯」=馬鹿なことしてお母さんたちに怒られたり、自分から見ても頭が悪そうでいつもふざけてる。
故に「紅灯」=「子ども」。
QED。

うーん、子どもってよく見てます。というかちゃんと論理的に物事を考えているような気がします。
どんなに奇妙な結論だって、常識を持ってきて一件落着にしたりせず、ちゃんと自分で考えた結果ならそれでよし。
これを年始の教訓としたいと思います。
(違うかな?)







posted by 紅灯 at 17:41| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月28日

〆は葉巻で

担当していた特番の放送も無事終わって、今年も終わり。
打ち上げを兼ねた忘年会で大暴れして痛飲して、やってきました毎年の儀式。
仕事納めの日の最後は葉巻で締めると決めているのだ。
煙草をやめて随分経つけれども、葉巻は煙を吸い込まないし、何より一年に一度のお楽しみということでこれをやらないとしっくり来ない。
まだまだ盛り上がっている仕事仲間から一時離脱し、おきまりのBarへ。
今年はこの個人的な習慣を話してしまったところ、2件のBarが葉巻を用意してくれているという大変有り難いことになりました。
なので葉巻のハシゴ。
年に一回くらいでは葉巻に詳しくなることもないんだけれど、それぞれに個性的でうまい葉巻でした。santeのFさん、colonのTさんに感謝。ありがとう。

と、今年はここで終わらない。
翌日、やはり馴染みの小料理屋さんにいくと「年末は葉巻ッスよね」と御主人。「え、まさか」ってなんとここでも葉巻が。
「しかし、和食の店で葉巻はアレでしょ」と遠慮すると、「いいです、大丈夫です」。
出来る限り他のお客さんの迷惑にならないように嗜みましたが、気持が沁みました。

3本の葉巻で一年の疲れを煙に流し、気持ちの良い香りだけが身体を包んでくれました。






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2008年12月25日

酒飲みのワイン知らず

人後に落ちない酒飲みなのでありますが、とんとワインには関心がありませんでした。
旨いワインはそりゃあるんだろうけど、とにかくイタリアンレストランとかビストロとかで飲まされるハウスワイン、グラスワインにはいつも辟易していたのであります。とにかくやたら酸っぱくて、直接ブドウの皮をなめているような渋味。こんなの飲みながら料理食べるくらいならビールで通した方がいいし、日本には日本酒という素晴らしい食中酒があるわけです。
てなことを思ってこれまでワインを避け続けてきました。

馬鹿でしたね、私。
飲まず嫌いというか、固定観念というか、いやあ知りもしないで偉そうなことをと反省しました。

「ドメーヌ・ド・ラス・プール コルトン・ブレッサンド グラン・クリュ2003」
ややこしい名前ですが(これもワイン嫌いの原因か)、昨日頂いたワインです。
これがもう、素晴らしい。
ワインの表現の仕方をろくすっぽ知らないのであんまり伝わらないかもしれませんが、最初の飲み口は、ブドウ畑の露が降りた蔓や葉っぱをイメージさせるような草や木の青い香り。でも青臭いというのとは全然違う。それが口の中で瞬時に果実味に変わって、こくんと喉に落ちると花束のような華やかな香りが鼻に立ち上ってくる。
口に含んだ感じも、飲ませてくれた人は「シルキー」と表現していましたが、まさになめらか。本当に比重が軽いような気がする。
酔い方も、お代わりを重ねてもぐいぐいくるような酔い方は全くせず、静かに何かが降り積もっていくように良い気持になってくる。
ワインって美味いものだったんですねえ。もっと早く知っていれば……。
いや、これからの私の財布のためには知らない方が良かったのか?

それにしてもいわゆるお店のハウスワイン、一番よく飲まれるはずのものなのだから、何とかするべきじゃないですか。
と強く思った一夜でした。

ああ、極楽の体験だったなあ(思い出すと頭がぽわーんとする)。


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2008年12月20日

キング映画2題

立て続けにスティーブン・キング原作の映画を観た。
一本目が「ミスト」。
「ショーシャンクの空に」「グリーンマイル」に続くキング原作&タラボン監督のコンビ3作目。世評の割にこの2作がそれほどいいとは思わなかったので、「ミスト」は劇場に足を運ばなかったのだが、大失敗。この映画は劇場で観たかったなあ。それもシネコンとかじゃなくて大スクリーンで。
とにかく良くできた映画だ。一応ホラーサスペンスなので万人向けという訳ではないが、「化け物より人間の方がよっぽどこわい」というキングの特徴を十分に活かしながらちゃんと映画として見応えある作品に仕上げている。原作に忠実ながらもラストを大胆に変更し、観た後の余韻を深くしている。
で、大スクリーンで観たかったというのは、このラスト直前の、大怪物が主人公たちをゆっくり跨いでいくところだ。
もちろんCGなんだけど、リアルというだけではなくてもう世界が完全に変わってしまったと思わせるムードに充ち満ちている。このシーンがあるからこそあのラストが成立している。
キリスト教原理主義が横行するブッシュ・アメリカを糺弾しながらもそれだけで終わらず、人間の行動原理の浅はかさまで画こうとしている姿勢もいい。とにかくいろんな意味で刺激に満ち溢れた一本。タラボン監督畏るべし。

もう一本は、ジョニー・ディップ主演の「シークレット・ウィンドウ」。基本的にストーリーはデニーロ&ミッキー・ロークの「エンゼル・ハート」そのまんまで目新しいところはまったくない。
じゃ面白くないかというと、これが結構愉しめた。
まずディップの演技がいい。アイドル俳優みたいな取り上げ方をされることもあるけれど、やっぱりこの人はうまいよね。それも「パイレーツ」みたいないかにもセクシー俳優みたいな役ではなく、この映画や「ニック・オブ・タイム」(古いけど)みたいな普通の役をやらせると本当にうまい。ハリウッドでこんな自然体の演技が出来るスターは貴重だと思う。女性ファンは怒るかもしれないけどダメ男役とかをもっとやってほしいと切に思う。
それからカメラがいい。鏡の使い方が効果的で面白い。
そしてそして、ティモシー・ハットン!。「グッド・シェパード」も良かったけど、存在感在るよね。「タップス」のころは真面目な美少年役しかなかったけど、すっかり「いいやつか悪い奴かわからないぞこいつは」っていう性格俳優への道まっしぐら。

というわけで、程度の差こそあれそれぞれ楽しめた2本。
キング原作の映画というとろくなものがないといわれた頃より随分改善されているような・・・といってもまあこれだけ沢山作れば当然なんだろうけどね。

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2008年12月18日

がんばれ「本の雑誌」

「本の雑誌」が経営危機らしい。「らしい」っていったって経営者も編集者もそう言っているんだから本当に深刻なんだろう。

「本の雑誌」といっても知らない人は知らないと思うけど、私にとっては他誌に代え難い雑誌である。
商売柄毎月数十冊の雑誌に目を通す中、毎月定期購読している唯一の雑誌だ。
元々は目黒考二、椎名誠、沢野ひとし、木村晋介が作ったミニコミで、創刊が76年。当時は20代の若者たちだった彼らも今では書評家、作家、画家、弁護士とそれぞれ名をなしている。
エンターテイメント系のオモシロ本のみを紹介するというスタイルは斬新で、大御所が書こうとつまらん本はつまらん、新人が書こうと面白いものは面白いとはっきり言うそのスタンスも本好きに共感を読んだ。
新刊書の書評誌なのに出版社の広告を入れないという硬派な一面も良かった。最近出版社の広告を解禁したから台所事情が苦しいのかなと思っていたけれど、どうものっぴきならないところまで追い込まれているらしい。編集長でもある椎名誠は今月号の連載で「これが最後になるかもしれないと思い書いた」と記している。
結局「はいつくばってでも」という思いで今号は出たものの、この先はかなり不透明だ。
社長の浜本茂は来号も「必ず出します」と宣言しているが、楽観はできそうにない。

こういう「何かが好きだから」という動機付けによる文化イベントが最近どんどん消えていっている気がする。最も盛んだったのは、本の雑誌が創刊された70年代からサブカルが絶頂を迎える80年代にかけてだった。
90年代に入ってこの国は急速にぎすぎすし始め、21世紀に入るとイベントの動機付けの多くは「カネが儲かるかどうか」に置き換わっていった。
「経済が破綻するかどうかの瀬戸際に何ぬるいこといっているんだ」といわれそうだが、それでかまわないと思う。
カネがなくたって、喰えなくたってこれがやりたい。
それが文化の動機付けだし、そもそも文化の成熟はカネでは買えない。

でも雑誌を買えば「本の雑誌」は助かる、かもしれない。
このブログをお読みのみなさん、当ブログに関心のある方ならきっと「本の雑誌」はストライクゾーンのはず。
「そんな雑誌知らなかった」という方は是非、書店で手に取ってみてください。お願いします。
ラベル:本の雑誌
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2008年12月16日

冬の山歩きリターンズ

かずら細工の作家さんに付いて久しぶりに山に登った。
バッグなどに使うかずらは今が旬、というのはおかしいけれど、この寒い時期がいいらしい。つるに水をあげず成長が止まるので、堅く弾力のあるかずらが採れるそうだ。
ちなみにかずらの蔓というと木にぐるぐる巻き付いたのを想像するけれど、あれは癖が付いて使い物にならないとのこと。地面を這っている真っ直ぐなものがいいというんだけど、この季節、落ち葉の下になっていてまったく分からない。でも作家さんは次々に見付ける。すごい。

それにしても久しぶりの山はいい。この季節の山はよく晴れた日でも空気がひんやりしていて森の匂いがすうっと身体に入ってくる。
でも気をつけないとすぐに日が暮れる。
冬だから日が落ちるのが早いのは当たり前だけれど、山はもっと早い。驚くくらいに早い。
昔、四国の山に仕事で登っていたら、頂上付近でもう日が傾いている。山の中で日が落ちたらお仕舞いだ。動くことができなくなる。山をよく歩く人には当然のことだけど、普段町で暮らしていると夜がこわくなくなる。日が暮れたって何とかなるさと思っている。それが油断だ。山の中で日が暮れると絶望的に暗くなる。
日が暮れた瞬間、あんまり暗いのでびっくりする。で、すぐに恐怖が襲ってくる。生身の人間が森の中に一人きりでいる不安。小さい頃、真っ暗な階段の前で足がすくんだ時のような暗闇の怖ろしさ。
一度そんな経験をしたので(遭難はしなかったけどね)、そのときも慌てて駆けるように山を降りた。

今回はもちろんそんなことはなく、のんびりした昼閧フ山歩きだったけれど、少々険しい崖を降りているとそんなことを思い出した。
最近デスクワークが増えて身体が不満を漏らしているみたいだ。
「ちょっと危なくてもいいからさ、昔みたいに山に登ったり崖を降りたりしようよ」って。

posted by 紅灯 at 20:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月10日

骨折り損

左手を骨折してもうすぐ一週間。
不便だ。予想を超えて不便だ。
子どもの頃左利きを中途半端に矯正された結果、ペンと箸は右だけどそれ以外の日常生活はほとんど左でこなしている。
尾籠な話で恐縮だが、意表を突かれたのがトイレ。
今までおしりを拭いていたのが左手だったと初めて気づいた。右手だとどうにもうまくいかない。初めて一人でトイレに入ったガキみたいだ。
そして力が入れられない。折ったのは左手小指の付け根で、大して関係ないだろうと思っていたのに、例えばペットボトルのふたを開けるとか、コンセントを抜く、という作業の時、左手に力を入れると相当の力が小指にかかっているのがわかる。
あと意外なところでは、上着を着る時。
この時期革ジャンとかコートとか厚手の上着を着るけれど、これがどうにも着づらい。無理するとかなり手に響く。
PCのキーボードを叩くのは、覚悟していたけど、かなり面倒だ。
右手がブラインドタッチで、左手は指一本、というか実際は親指、人差し指、中指の3本で打つ。時々薬指も使うけど、ポジションによってはギブスを巻いて巨大化した小指が触れて激痛が走るので要注意だ。左手首全体を動かして打つ。
何にしてもタイプミスが頻発するし、普段の3倍くらい遅いのは間違いない。1日キーボードを叩いている仕事には相当のストレス。
風呂やシャワーは想像通り。左手に被せたビニール袋を、病院の帰りに百円ショップで買ったヘアゴムを被せしばる。でも今まで体や頭を洗っていたのは左手だったのでやっぱりうまく洗えない。

そして自転車。左は後輪ブレーキを操作する重要なサイドなので、小指を外してハンドルを握るんだけど、段差を通るとその衝撃が小指を襲う。歩道と車道の数センチほどの段差でもそれはそれは大変な威力である。
だから、「あ、段差だ」と気がつくと左手をさっと上げる。段差をやり過ごして再びハンドルを握る。見た目ものすごく間抜けである。段差がない歩道はすごく嬉しい。
手をケガしてバリアフリーに目覚めてしまった。
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2008年12月09日

悪臭がする人間たち

非常に不快になったニュースがあった。
日本経団連の御手洗会長が昨日会見をした。
その中で自分が会長を務めるキヤノンの大分が1000人の派遣切りを行うという報道について「誤解されている」と言ったという。「広報に説明させる」と言って本人は姿を消したが、広報曰く「1000人削減を決めたのは派遣会社で、キヤノンは「事業を縮小する」と派遣会社に伝えただけ。だからキヤノンは1000人派遣切りを決めたわけではない。決めたのは派遣会社」──。

こう言うのを「寝言」という。
じゃあ派遣会社が1000人切るのは忍びないからって誰一人解雇しなかったら発注元のキヤノン様は「良きに計らえ」って認めるのかね。悪いのは派遣会社なのか?「派遣切り」の次は「派遣会社切り」ですか。
こんな人間が大企業の社長を務め、大企業が一杯集まった組織の代表を務めているのである。
それもあろうことか、経団連会長の記者会見というこれ以上ないくらいのオフィシャルな場でこんな自らの責任を一切放棄したことを堂々と口にするのである。

最近「クズ」が増えたと思う。ここでいう「クズ」とは「自分の仕事に責任をまるで持たない大人」である。さらに「その事に本人はまるで気づいていない」、というより「本人は『自分の仕事ぶりはよくやっている』を思いこんでいる」連中である。
なぜ「クズ」かというと周囲に大変な害悪をまき散らすからである。生ゴミは周囲に悪臭をふりまく。
無責任な人ってのはもちろん昔からいたけれど、ただ昔は「責任感がまるでない人」が責任ある仕事に就くことはまずなかった。だから「無責任なヤツ」っていっても愛嬌もあったりした。少なくともクズではなかった。
ところが今は違う。責任感が必要な仕事でもあきれるほど無責任だ。これはもうクズとしか言いようがない。
代表的なのは安倍首相と福田首相の放りだしコンビだけど、政治も政治なら経済も経済。こんなのが指揮を執っているウチは景気回復なんてするわけがない。自分とこの社員も守る気がないのに他の企業なんて守るわけないじゃん。こんなこというとまた「誤解されている」と言われそうだな。広報が「派遣社員は社員ではありません。そう法律を改正したのは国ですから」とかね。
こんなのを頭に頂いて沈黙したままの他の大企業のトップもなんなんだろう。もう絶望するしかないってことかな。

それにしてもキヤノンって、メディアに間違って「キャノン」って書かれると広報が烈火の如く抗議をすることで有名だけど(ちなみに発音は「キャノン」が正解。なのに表記は「キヤノン」)、もっと是正するところがたくさんあると思うけどね。会長の頭の中とか。
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2008年12月07日

謎の骨折と危険な酒

手を骨折してしまった。
左手の小指の付け根の下、手のひらに隠れた部分。中手骨というらしい。
レントゲンで見るときれいに真横一文字にスパンと折れている。
医者が言う。
「二ヶ月はかかりますね。もう少しずれてたら手術でしたよ。相当の力がかかったみたいですけど、どうしたんです?」
「それがそのう……」と私。
実は、わからないのだ。
骨折までしてわからないとは何事かと言われそうだけど、記憶が錯綜している。

昨日の朝、激痛で目覚めた。見ると左手がぱんぱんに腫れている。
「どうしたんだっけ……」記憶をたどる。
前の晩は飲みに行って深夜に帰ってきた。じゃあ飲んだ帰り?まさか喧嘩?
一瞬厭な想像が横切るが、すぐに記憶がよみがえる。
店からウチまで歩いて15分ほど。帰り道はすべて思い出せる。そもそもそんなに遅い時間じゃなかった。途中でコンビニに寄ったところで後輩から携帯に電話があって時計を見たんだ。日付が変わるか変わらないくらいだった。
ウチに着いて着替えて──脱いだものはきれいに片付けてある──レンタルしてあったDVDを見た。
そのうちに眠くなってきたので、ベッドの上に横になり……。
記憶がない。
次の記憶はベッドの脇で仁王立ちになっている私。左手に激痛が走っている。(なんで手が痛いんだ?)と思っていた記憶がある。だからきっとその直前に何かがあって……。
でもその後も記憶がない。次の記憶はもう朝である。
うーん、私は部屋の中で一体何をしたのだ。というより何が起きたんだ?

実はこの日飲んでいた酒というのがグラッパである。
私はグラッパには目がなくて、この日珍しいグラッパが入ったと聞いて飲ませて貰っていた。一杯で収まる訳もなく、別の種類のグラッパをあれこれと飲んでいた。
たまたまカウンターにグラッパをよく知らないお客さんがいて、「これは飲み過ぎると訳がわかんなくなっちゃう大変な酒なんですよ」とマスターが説明しているのを、私は「そんなことないよ」と笑っていたのであった。
で、調子に乗った私に、やはり調子に乗ったマスターが「グラッパでフィズって飲んだことあります?」と一言。
「ええっ、グラッパフィズ?、作って作って」と飲んでみたところが、これがうまい。フィズの爽快感はしっかりありながらグラッパの香りは少しも損なわれない。
「このカクテルって定番なの?」と聞く私に「ないですね」とマスター。
「でもこれうまいよね、なんで定番じゃないんだろ」

その答はわかったような気がする。
身をもって。

posted by 紅灯 at 15:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 酒・料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月03日

ひとり暮らし

訳あって現在一人暮らしをしている。
結婚前、10年以上ひとり暮らしをしていたので特に問題もないと思っていたのだが、甘かった。
まず部屋が寒い。
ペアガラスの防寒になれた体には冷え込んだ朝が辛い。フローリング(というかただの板の間)に直座りするので余計寒い。敷布を畳んで座布団の代わりにする。
天気の悪い日は、流しからなんだか下水の匂いがする。これは消臭剤代わりにリンゴを買って部屋に置いてよしとする。食べられるし。ビタミンCも補給できるし。
洋服類はエアコンのパイプにかける。かけるのだが、帰ってみると重みに耐えかねてか、まとめて下に落下していたりする。
ジョギングから帰って汗でぐっしょり濡れたTシャツは、シャワーを浴びた時に一緒にお湯で洗ってベランダに干す。割と近くにコインランドリーがあるのだが、洗い物の量が少ないし、かといって洗い物が貯まるまで待っていると汗でびしょびしょのTシャツだけが1週間も放置されることになってしまう。なので手洗い。
昨日、ジョギングの帰りに24時間スーパーでお総菜を買い、帰ってさあ食べようとして箸がないのに気づいた。コンビニで貰った箸くらいないかと探したが、ない。コンビニも近くにない。途方に暮れていると、箸があった。
ゴミ袋の中である。
数日前カップ麺を食べた時の割り箸だ。
透明ゴミ袋を開けて割り箸を取り出し、熱湯で洗ってタオルでごしごし。
では、いただきます。

エコだね。


posted by 紅灯 at 20:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月30日

主のいないパーティ

土曜日、江口司さんの出版記念パーティが開かれた。
現代書館から出版された「柳田國男を歩く―肥後・奥日向路の旅」だ。
江口さんは今年3月に不運な事故で亡くなってしまったから、遺著ということになる。
元になった原稿は、以前に熊本日日新聞に連載されたものだ。出版を希望していた江口さんの遺志を継いで友人や家族が編集を続けた。一時は断念せざるを得ない状況だったとも聞いたが、Hさんらの粘り強い仕事でついに出版にこぎ着けた。
出版記念パーティというのは普通は賑々しいものだが、今回はやはりいささかしめやかだった。
「江口司さんを語ろう会」という名前の通り、みなさんが江口さんの思い出を次々に話した。
司会を務めたのは陶芸家のYさんで、会が終わった後「お疲れさまでした」と声をかけると「いや別に」と照れくさそうに笑っていた。
遺稿を丹念に探し出して整理したHさんは、この日も事実上の幹事として会場を仕切っただけでなく、放送作家という本業を存分に発揮して、素晴らしい会の演出を担当した。一番忙しかったはずなのに、私を見つけると足を止めて声をかけてくれた。
一番祝福を受けるはずの江口さんはいなかったけれど、江口さんを思いやる人たちが懸命に作った、あたたかなパーティだった。

posted by 紅灯 at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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