2010年02月08日

2割の進化論

ドーキンスの新刊「進化の存在証明」の邦訳が出た。
ドーキンスがこの本を書いた背景には、進化論を信じていないアメリカ人が多いことがある。これはよく知られた話で、たとえば去年発表された調査では60%のアメリカ人が進化論を信じていない。世界は神が作りたもうたまま今の姿があるという、ブッシュのようなキリスト教原理主義者がうじゃうじゃいるわけだ。こうした宗教指導者たちは進化論への攻撃を強めており、公教育で進化論を教えないよう法律を変えたり、児童生徒を組織して進化論を教える教師を吊し上げるよう仕向けている。

こうした宗教的・非科学的非寛容さを徹底して攻撃するドーキンスには本当に頭が下がる。既に世界最高レベルの科学者の地位をほしいままにしているのだから、他の科学者のように「あほの戯言」と無視して安穏と研究生活に没頭することもまったく可能なのに。目の前にある科学的危機を放ってはおけないんだろうな(日本ではなぜか竹内久美子さんとかいうトンデモ本作者が解説本書いたりしている不思議なことになってますが。本人知ったら怒るだろうな)。
それにしても超大国の知的劣化は目を覆うばかりで、医療制度改革への攻撃もそう。「税金を使うな!」「自由を奪うな!」とか言って保険業界の口車に乗せられ踊らされているアメリカの人たちを見るたびに、TVからしか情報を得なくなった人々の末路は恐ろしいとつくづく思う。

さて、アメリカ人の6割が進化論を信じていないのはドーキンスさんにまかせるとして、翻って日本はどうか。
同じデータを見ると、8割の人たちが進化論を信じている。「さすが日本」…なのだろうか。
残りの2割って、進化論を疑ってるの?それってかなり衝撃的な数字じゃないでしょうか。
そりゃアメリカと比べればまともな数字だろうけど、2割だよ。5人に1人が進化論懐疑派だって、これはかなり多く感じるのは私だけでしょうか。

気になるのは、日本の場合、この2割の人たちはどういう主張を持っているのかってこと。アメリカの場合はキリスト教原理主義、イスラムならイスラム教原理主義と、世界各地では宗教と密接にかかわっているわけでありますが、日本の場合はどうなのか。イザナギノミコトとか神話を真剣に信じている人が5人に1人もいるとは思えないしなあ。だいたい神話を詳しく知ってる人がそもそも5人に1人もいないだろうし。
期待を込めて考えれば、「進化論も悪くない考えだけど、もっと正鵠を得た進化の過程が今後解明されるのではないか」という慎重な思想が多いのではとも思える。これなら何も心配はいらないのだけれど。

一番心配なのは、ほら、アレですよ。

「進化論?猿からヒトになっただあ?」
「そんな自虐史観を信じているから日本はダメになったんだ!」

ま、まさか。これじゃないよね。



ラベル:ドーキンス
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2009年12月15日

予告編

ついに出てしまいました。
本……ではなく、本の予告
当たり前と言えば当たり前なのでありますが、出てみるとなんだかちょっと緊張。
いやあ、出るんだなあホントに。なんだか変な感じであります。
なぜかというと、まだ校正原稿が手元にあるから。

……。

いやあの、特にこういうことは珍しくないのであります。
たとえばTV。
「ドキュメント紅灯の日記、××日オンエア!」なんてCMが流れたって、たいていその頃はまだ番組なんてできてないのであります。試写に漕ぎつけてればまだいい方で、下手するとラッシュつないだばかりだったりする。
じゃあ予告CM(ステブレ)の映像は何かというと、適当に興味を引きそうな絵を抜き出してつないだだけ。そもそも担当編集は本編で手一杯なので、手の空いた編集マンが代わりにつないであげたりするわけです。なので本編に使われない映像とかあったりします。
でもってCMなんてそのまま忘れられてるだろと思ってると、本編終了後、偉い人がぼそっと低い声で「おい、ステブレの方が面白かったんじゃねえか」などとささやいたりすることもあるとかないとか。

まあTVと書籍の世界が同じかどうか私にはわかりませんが、予告が出ると焦るのは同じ。
それまでははっきりとは形になっていなかった責任感というものがいきなりずっしりとのしかかってくるのであります。
TVの方でも年末に特番一本抱えているのでさすがの私も気が焦る。「慌てるとろくな仕事ができない」というのが私の信条なのでありますが、やっぱり同時進行は焦る。

いろいろ立て込んでくるとちょっと気が緩むとガタガタっと崩れちゃうもので、数日前から風邪引いちゃいました。さいわい新型インフルエンザではなかったものの、ちょっと気分も落ち込みがちだったところに、予告を見て再び気合いを充填。
がんばろっと。
「予告の方が良かった」と言われないように。
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2009年03月03日

初めての打ち合わせ

懸案の出版へ向けて、初めての打ち合わせがあった。
担当してくれる編集者Oさんは、毎日出版文化賞の受賞歴もある凄腕編集者なのである。
ただ、読者にとって凄腕ということは大変いいことなのであるけれど、著者にとって凄腕編集者というのはかなり辛い事態が待っているということを予想させることでもあるわけなのである。
普段のOさんはとても温厚な方である(多分)。でも打ち合わせでホテルのカフェの前に座っているOさんは眼光鋭いのである。
「お互い忙しいので30分くらいで済ませましょう」とOさんが言った初回の打ち合わせは、結局1時間半かかったのであった。初回なので、全体のおおざっぱなイメージとか、章立てとか、目次とか、索引を付けるかどうかといったことなのだけれども、なかなか時間がかかるのである。
傍らには私がメールで送っておいた初稿をプリントアウトした束がどかっと置いてある。見ると付箋がびっしりついて、一杯書き込みがしてあるのである。
とても緊張するわけなのであった。

出版関係に足を踏み込むのは今回が初めてで、いろいろ興味深いことがすでにある。
映像の編集作業というのは、1編試写、2編試写、3編試写……などと編集と試写の繰り返して、ものすごく面倒くさいのであるけれども、作り直せば作り直すだけ、これはもう確実に良くなっていくモノなのである。
なのでOさんに「かなり書き直して、いいものにしていきましょう」と話すと、返ってきたのが意外な言葉。
「うーん、ファーストインプレッションが重要なこともかなりありますからね、余り描き直しにこだわる必要はないと思いますよ」
出版文化の違いにとまどいつつも、それほど書き直さなくて済むというお言葉に胸をなで下ろしたのでありました。

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2008年12月18日

がんばれ「本の雑誌」

「本の雑誌」が経営危機らしい。「らしい」っていったって経営者も編集者もそう言っているんだから本当に深刻なんだろう。

「本の雑誌」といっても知らない人は知らないと思うけど、私にとっては他誌に代え難い雑誌である。
商売柄毎月数十冊の雑誌に目を通す中、毎月定期購読している唯一の雑誌だ。
元々は目黒考二、椎名誠、沢野ひとし、木村晋介が作ったミニコミで、創刊が76年。当時は20代の若者たちだった彼らも今では書評家、作家、画家、弁護士とそれぞれ名をなしている。
エンターテイメント系のオモシロ本のみを紹介するというスタイルは斬新で、大御所が書こうとつまらん本はつまらん、新人が書こうと面白いものは面白いとはっきり言うそのスタンスも本好きに共感を読んだ。
新刊書の書評誌なのに出版社の広告を入れないという硬派な一面も良かった。最近出版社の広告を解禁したから台所事情が苦しいのかなと思っていたけれど、どうものっぴきならないところまで追い込まれているらしい。編集長でもある椎名誠は今月号の連載で「これが最後になるかもしれないと思い書いた」と記している。
結局「はいつくばってでも」という思いで今号は出たものの、この先はかなり不透明だ。
社長の浜本茂は来号も「必ず出します」と宣言しているが、楽観はできそうにない。

こういう「何かが好きだから」という動機付けによる文化イベントが最近どんどん消えていっている気がする。最も盛んだったのは、本の雑誌が創刊された70年代からサブカルが絶頂を迎える80年代にかけてだった。
90年代に入ってこの国は急速にぎすぎすし始め、21世紀に入るとイベントの動機付けの多くは「カネが儲かるかどうか」に置き換わっていった。
「経済が破綻するかどうかの瀬戸際に何ぬるいこといっているんだ」といわれそうだが、それでかまわないと思う。
カネがなくたって、喰えなくたってこれがやりたい。
それが文化の動機付けだし、そもそも文化の成熟はカネでは買えない。

でも雑誌を買えば「本の雑誌」は助かる、かもしれない。
このブログをお読みのみなさん、当ブログに関心のある方ならきっと「本の雑誌」はストライクゾーンのはず。
「そんな雑誌知らなかった」という方は是非、書店で手に取ってみてください。お願いします。
ラベル:本の雑誌
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2008年11月30日

主のいないパーティ

土曜日、江口司さんの出版記念パーティが開かれた。
現代書館から出版された「柳田國男を歩く―肥後・奥日向路の旅」だ。
江口さんは今年3月に不運な事故で亡くなってしまったから、遺著ということになる。
元になった原稿は、以前に熊本日日新聞に連載されたものだ。出版を希望していた江口さんの遺志を継いで友人や家族が編集を続けた。一時は断念せざるを得ない状況だったとも聞いたが、Hさんらの粘り強い仕事でついに出版にこぎ着けた。
出版記念パーティというのは普通は賑々しいものだが、今回はやはりいささかしめやかだった。
「江口司さんを語ろう会」という名前の通り、みなさんが江口さんの思い出を次々に話した。
司会を務めたのは陶芸家のYさんで、会が終わった後「お疲れさまでした」と声をかけると「いや別に」と照れくさそうに笑っていた。
遺稿を丹念に探し出して整理したHさんは、この日も事実上の幹事として会場を仕切っただけでなく、放送作家という本業を存分に発揮して、素晴らしい会の演出を担当した。一番忙しかったはずなのに、私を見つけると足を止めて声をかけてくれた。
一番祝福を受けるはずの江口さんはいなかったけれど、江口さんを思いやる人たちが懸命に作った、あたたかなパーティだった。

posted by 紅灯 at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月05日

世界の闇の中から

映画「ノー・カントリー」をみて、原作のコーマック・マッカーシー「血と暴力の国」を読んだ。
「ノー・カントリー」は去年のアカデミー作品賞を受賞した話題作だが、近年のアカデミー作品としては出色というべきだろう。
コーエン兄弟の作品らしい静かな緊張感が全編を覆う映画だけれども、後半がらりと雰囲気が変わるところがあり、ちょっと理解に苦しんで原作を買い求めた。

ストーリーは単純だ。
荒野の真ん中で男が大金と麻薬と死体と死にかけているメキシコ人に遭遇する。
男は金を持って逃げることを決意するが、組織に雇われた「異常な」殺し屋が男を追う。その二人の足取りを実直な老保安官がたどる。
ただ、このストーリー自体に余り意味はない。要は、「この国」に生きると言うこと、現代のアメリカ社会で生きていくと言うことはどういうことなのかをバイオレンスと愛情とにまみれながら描いていく。
映画はビリビリした緊張が息をつくことのできない人生のあがきを感じさせるし、原作の方は徹底して即物的な描写だけをつなげながら詩情というしかない筆致で登場人物たちの人生を描き出す。
映画も素晴らしかったが、原作の素晴らしさはそれ以上だ。全くタイプは違うが、初めてアービングを読んだ時を思い出した。こんな小説があるのかと、今までマッカーシーを読まなかったことを後悔した。
物語の終盤、殺し屋が男の妻を「無意味に」殺そうとする場面を引用してみる。

「カーラ・ジーンは最後にもう一度シュガーを見た。こんなことしなくていいのに。こんなことしなくていいのに。こんなことしなくていいのに。
 シュガーは首を振った。おまえはおれに自分を弱くしろと頼んでいるわけだがそれは絶対にできない。おれの生き方は一つしかない。それは特例を許容しないんだ。コイン投げは特例を認めるかもしれない。ちょっとした便宜を図ってやるために。ほとんどの人はおれのような人間が存在しうるとは信じない。ほとんどの人にとって何が問題かはわかるだろう。自分が存在を認めたがらない者に打ち勝つのは困難だということだ。わかるか?」

そしてまた別の場面。老保安官に、さらに歳を取っている叔父が語りかける。

「だからおれはいつも同じことを考える。なぜみんなこの国にはうんと責任があると思わないんだ?でも思わないんだな。国ってのはただの土地だから何もしないとも言えるがそんな言いぐさにはあんまり意味がない。わしは以前ある男がショットガンで自分のピックアップ・トラックを撃つのを見たことがあるよ。トラックが何かしたと思ったんだろう。この国はあっさり人を殺しちまうがそれでもみんなこの国を愛してるんだ。わしの言ってることがわかるかね?
 わかる気がしますよ。叔父さんはこの国を愛してますか?
 そう言っていいだろうな。しかし言っとくがこのわしは石ころを詰めた箱みたいに無知だから言ってることは真に受けんほうがいいよ。」
会話の「」と読点がまったくない文体が体にしみこんでくる。素晴らしい。

この作品の正確なタイトルは「no country for old man」だ。「老人の住む国にあらず」アメリカ。
きわめて厳しく生きづらい国でうごめく必死の人生がこれでもかと語られるこの物語は、闇の中で微かに、ごく微かに灯る希望の火のようなものを暗喩して終わる。

アメリカという国が、厳しさ生きづらさを世界にまき散らした8年間がやっと終わる。
その先に微かな希望があるのかどうか、少なくとも今は期待を持ってバラク・オバマをみていたい。

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2008年10月31日

秋の欲求不満リスト

月末までに100枚の原稿を抱えて最近忙しくもおとなしい生活を送っています。
本腰を入れて取りかかったのが2週間前くらいからで、昨日あたりようやくメドがたってきた。
そうすると調子に乗ってすぐに飲みに出たりするのが悪いクセなんだけど。連休のおかげで、月末の〆切が1日延びているので今日明日あさってで校正&推敲もできそうだし。

日がな一日本業&原稿書きに追われていると、要求不満がたまりにたまっていろんなことがしたくなる。試験前の中学生の頃と変わりませんな。
実際この季節は、特にエンタテインメント系の小説は年末のランキングを狙って目玉商品が並ぶので欲求不満もひとしおなのです。
今年のランキングの台風の目になりそうな湊かなえの「告白」も未読だし、東野圭吾のガリレオ長短編2連発も必読だし、西澤保彦の「スナッチ」も気になるし、柴田元幸訳で出たポール・オースターの「幻影の書」はめちゃめちゃ面白そうだし、コーマック・マッカーシーの「ロード」も当然読まにゃならんし、マッカーシーといえば「血と暴力の国」がそもそも今読みかけだし(一昨日は仕事の後深夜のバーのカウンターで読みふけるという暴挙に出た)、文庫落ちまで待っていた有栖川「乱鴉の島」(新書落ちだけど)は積読状態だし、積読といえば柴田元幸の新訳で話題のジャック・ロンドン「火を熾す」も、今頃だけどせっかく取り寄せたソーカルの「知の欺瞞」も、何よりせっかく全集で復刊が始まった広瀬正も全然手を付けないうちに四冊もたまってる(まあこれは一度は読んでるからいいんだけどね)。

早く原稿を仕上げなければ。

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2008年02月17日

「男の自画像」(続)

ロバート・レッドフォード主演の映画に「ナチュラル」という作品があります。
将来を嘱望された天才少年ピッチャー。大リーグの目にとまり、意気揚々と田舎を後にします。落雷を受けた庭の木を削って作った「サンダーボーイ」と刻印を押したバットを持って。
周囲からも天才と騒がれ、高額の契約金をもらい、デビューを待つばかりの中、天狗になった彼は、田舎にいる誠実な彼女を裏切ります。その結果、ある事件に巻き込まれ、選手生命を絶たれるのです。
それから20年。ひとりのおっさんがプロテストに現れます。どこからどうみたって盛りを過ぎた無名のオヤジ。周囲があざ笑う中、打席に立つ男。手に持ったバットには「サンダーボーイ」の焼き印が。その一振りは周囲を沈黙させるに十分でした。
突如現れた強打者オヤジに周囲は驚きます。しかし彼はこれまでどこで何をしていたのか?疑問に思ったひとりのスポーツ紙の記者が周辺を嗅ぎ始めます。実はこの記者、20年前に彼と出会っていたのですが…。

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posted by 紅灯 at 16:49| Comment(1) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月13日

男の自画像

柳沢きみおといえば、最近ではすっかり「特命係長只野仁」の原作漫画家として知られて…いるんだろうか。ドラマはほとんど原作と離れているみたいだし。原作の連載はいつの間にか終了しているし。原作に(一応)残っていた影の部分なんてドラマにはかけらも残ってないみたいだし(歯切れが悪いのはドラマをあんまりみてないからです)。
まあ何にしても、柳沢きみおがラブコメのルーツであることも、少年漫画誌の黄金時代に3誌(「ジャンプ」「マガジン」「チャンピオン」)に同時連載していたという前代未聞の人間離れした漫画家だったことも今ではほとんど忘れられているようです。
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ラベル:柳沢きみお
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2008年02月04日

女王国の城

「本格ミステリー」というと、推理パズルの権化みたいな印象を持っている人も多いようです。「密室」だの、「アリバイ崩し」だの、果ては「首を切断した意味」だの「メタ本格」だの、ちょっと普通の読者を寄せ付けない気配が苦手という感じでしょうか。
かくいう私もこのジャンルに手を出す前はそういう先入観があったんですが、読んでみると大違い。これほど読書好き、本マニア心をくすぐるジャンルも珍しい。
よく文芸賞の選考委員が言うところの「人間が書けていない」というのは、何を指しているんでしょうかね。キャラがパターン化されている、深みがないなんていいますが、どうなんでしょう。
 このところ純文学で大流行の「コミュニケーション不全」パターン。ほら、主人公がうまく周囲と関係を結べなくてうだうだしているうちに、似たような(または正反対の)人物と知り合って、どうでもいいようなことがいくつか起きて、「こういう私ってちょっといい感じ?」みたいな心境に到達する、って小説ばかりよりは遙かにパターン化されていないと思いますが。

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ラベル:有栖川有栖
posted by 紅灯 at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月17日

予想の結果・・・

ちょっと最近、更新をさぼってますが・・・
特に忙しいわけでも、病気したわけでもありません・・・
それはおいおい・・・・


で、それより一応責任を。
芥川賞・直木賞の発表です。

芥川賞は川上未映子さん、
直木賞は桜庭一樹さん。

うーん。。。。
芥川賞は大外れ。
直木賞は、まあ、言い訳可能な範囲だけど、穴としてはおいしいとか言った時点で、外れてるよなあ。

桜庭一樹さんは、とても好きな作家なので結果よければすべてよし!

おめでとうございます。
ラベル:直木賞 芥川賞
posted by 紅灯 at 02:15| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月09日

2008 出版界の凶兆

当ブログでは、ニュース速報的なものは扱わないつもりなんですが(知るだけならニュースサイト見れば十分。みんなが忘れた頃しつこくほじくりたい)、大変驚いたのと、あまり取り上げられない可能性もあると思いますので、触れておきたいと思います。

「草思社が民事再生法申請。負債総額は22億円あまり」(帝国データバンク)。

うーん、びっくりしましたね。
ノンフィクション系の出版社の中では、ベストセラーと、中身はよいけど数は出そうにもない本をうまい具合にあわせて出し続けている、ちょっと商売上手な出版社だと思ってました。90年代は大手出版社を向こうに回して、飛ぶ鳥の勢いでした。

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ラベル:草思社
posted by 紅灯 at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月08日

激戦を制すのは誰!

有馬記念が終わったと思ったら、年に二回のお楽しみ、芥川賞・直木賞の季節がやってきました。今回のレースはなかなか面白い。
まずは大激戦、直木賞から。

候補は次の方々。
井上荒野、黒川博行、古処誠二、桜庭一樹、佐々木譲、馳星周。(以上敬称略、以下同じ)
いろんな意味で微妙な今回のエントリー。

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ラベル:直木賞 芥川賞
posted by 紅灯 at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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