2008年03月09日

追悼・広川太一郎さん

本来なら「明日への遺言」の続きなんですが、広川太一郎さんの訃報が届きました。
まだ68歳。がんだったそうです。

広川太一郎さんといえば、ロバート・レッドフォード、ロジャー・ムーアなど正当派2枚目をこなしつつ、マシンガントークのギャグ満載コメディも得意とする方でした。
ただ、俳優出身の声優にはこうしたケースは珍しくありません。メジャーなところでは山田康雄もそうですし、「ヤマト」の古代進や「ポワロ」のヘイスティングスなど2枚目キャストの印象が強い富山敬も、「ちびまる子ちゃん」の友蔵など思いがけない役柄で登場して楽しませてくれました(そう言えば富山敬もガンでの急逝でしたな)。
こうしたことは、TVの洋画劇場の初期に俳優としても一流の舞台役者たちが多数協力したからこそのことで、彼らのサービス精神あふれるエンターティナーぶりが日本の「吹き替え映画」を世界に例のないジャンルに育て上げてくれました。
その中でも広川太一郎の特異なキャラクターぶりは際だっていました。
よく「モンティ・パイソン」と「Mr.BOO」がその代表として挙げられます。
「モンティ・パイソン」は、これはもうブラックコメディの世界的古典ですから仮に字幕スーパーだったとしても十分楽しめますが(でも日本語吹き替え版はもっと面白いですぜ)、「Mr.BOO」の方は、広川太一郎の活躍なしにヒットはあり得ませんでした。

そもそも「Mr.BOO」は、日本ではシリーズのように思われていますが、マイケル・ホイが監督・主演しているだけで、それぞれの作品は独立した作品です。
これをTVで放映した際、マイケル・ホイの吹き替えを担当した広川太一郎が、「この映画だめだよ、よし、俺が面白くしてやる」と徹底的にセリフに手を入れた結果大ヒットしたわけですが、どのくらいヒットしたかというと、当時はジャッキー・チェンよりマイケル・ホイの方が人気があったといえば、わかってもらえるのではないでしょうか。
例の、「とかなんとか言っちゃったりして」も、このあたりからよく知られるようになりました。
確かに私も子どもながら、「Mr.BOO」は映画自体は古くさいなあと思いつつ、広川太一郎のセリフだけが面白かった記憶があります。

よく誤解されているようですが、広川太一郎のあの独特のギャグの基本はアドリブではありません。
事前に台本を読み込んで、こうすれば面白くなると徹底的に筆を入れ、演出家と打ち合わせた上で吹き替えていました。吹き替えの時に入れるアドリブもありますが(本人は「フラッシュ」という表現をしている)、基本は事前の読み込み。
例えば「とかなんとか言っちゃったりして」というフレーズは、そのままでは堅い語尾を、実際の生きたセリフに直そう、台本のセリフだけだと口の動きにあわないぞと生まれたものだとインタビューで語っています。

「僕としては生きている日本語を許されるならば使おうという僕の中での試みがあったもんですから、前の晩徹夜してでもセンテンスを直したりしてましたね」
「『そうなんだよな』で終わるところを少し余ったりすると、それはもう運動神経に近いんですけど、アドリブ的に『そうなんだよなって思ったりなんかしたんだけども実はそうなんだよなやっぱり』って言ったりするんです(笑)。そういういろんな要素が集まって、あの語尾が出てきたんだと思います」(「とり・みきの映画吹き替え王」)

まさに骨の髄まで役者です。
ただ、こうした手法には当然批判がありました。
もともと「吹き替え映画なんて映画じゃない」という批判は根強くありましたし(今もあるか)、ましてや「勝手にセリフを変えるなんて言語道断!」というわけです。
映画評論の著作もある作家の清水義範さんも、広川太一郎の名前こそ挙げていませんが、読めばわかる形で「そんなモノは映画じゃない、絶対認めない」と強い調子で非難しています。どちらもファンである私としてはなかなか複雑な気分ですが。
当然広川太一郎もそんな批判は承知の上。

「(前略)これはもう日本語で笑わせるしかないなと。そういう決死の覚悟があってやったんですよ。体制に対する反体制というか。80パーセントが石ぶつけてきてもオレは立ち向かうぞと、これは嘘ですけどね(笑)。でもそれに近い意識でやんないとできないですよね」(同上書)。

一方で私のように根強いファンももちろんいて、有名どころで言えば筆頭が、著書を引用した漫画家のとり・みきさんと、「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の秋本治さんでしょうか。
「こち亀」の中で、両さんが「俳優が背中向けてるシーンでもどんどんアドリブかましてくるんだぜ、天才だよ」などと広川太一郎の吹き替え術のすごさを派出所の同僚たちに熱く語るシーンがありました。

マシンガントークが代名詞のような広川太一郎さんでしたが、作品を見てみると、どんな映画でも同じ調子でやっているのではないことがよくわかります。
レンタルビデオがまだ普及していない時代、TVの洋画劇場で「スター・ウオーズ」を初めて放送すると視聴率が32パーセント(去年の紅白1部と同じ)だったりした時代、配給会社は、そう言う数字がとれる大作映画をいわゆる「抱き合わせ」でTV局に放映権を販売していました。
つまり、ろくに劇場公開もされていないようなB級、C級の映画、「地獄のうんたらかんたら」とか「パニック!なんちゃらかんちゃら」とか、そういうバッタ映画を「スター・ウオーズ」とかとセットにして売ってたわけです。
でもこういうバッタ映画の中にも結構拾いモノがあったりして、全然期待してなかったのに「お、これおもしろいじゃん」みたいなのに行き当たると得をした気分でした。淀川長治さんの日曜洋画劇場がこういう目利きが良かった記憶があります。スタッフがよかったんでしょうな(ちなみにこの代表的な例が「殺人魚!フライングキラー」。いかにもな名前ですが、内容もピラニアが空飛んで人間を襲うというなんだかな的なお話。でもこれが、日曜洋画劇場で放送するや「ね、昨日のアレ、意外と面白かったよね」「ああ、あれ、見た見た」てな感じで映画好きの間では掘り出し物扱いされてました。で、その数年後この映画の監督の第2作が大ヒットしたんです。その映画は「ターミネーター」byジェームズ・キャメロン)。

そういうバッタ映画でも映画は映画。放送する以上は面白く見せたいというのが映画屋根性です。
そこへ颯爽と登場するのが我らが広川太一郎。
役名もろくにないような脇役ですが、彼が吹き替えるともう主役を食わんばかりのキャラクターとして動き出します。もともとたいした映画じゃないので、それじゃあっさり主役を食っちゃったりするかと思えば、主役の吹き替えが羽佐間道夫だったりしてこれまた一筋縄じゃいかない。もう掛け合い聞いているのが面白くて、結局見終わると何の映画だか良く覚えてないけどなんか面白かった、ということになる。ちなみにお二人の名誉のために言っておきますと、この二人の組み合わせでは「明日に向かって撃て」という名作中の名作もあります。

一方で名作を名作としてこなしながら、つまんない映画でも投げ出さずに「何とか面白くしてやろう」という熱意。サービス精神。これがいいんですよね。
こういう魅力が最高に発揮されたという点で、私がお薦めしたい映画が「スプラッシュ」。

この映画、もちろん駄作なんかじゃありません。
主演がトム・ハンクス、監督がロン・ハワードと、今でこそよく知られる佳品ですが、公開当時は、トム・ハンクスもロン・ハワードもまだ無名(トム・ハンクスは「ビッグ」でブレイクする何年も前だし、ロン・ハワードは翌年「コクーン」でヒットを飛ばす)。人魚役のダリル・ハンナのギャラが一番高かったんじゃないかと思うくらいで、ちょっと気の利いたディズニー映画くらいの扱いです(ちなみにダリル・ハンナがセミヌードで登場するので(人魚だから)、「ディズニー映画のくせにヌードを出すとは何事か」とアメリカではもめました)。

だからTVでやったときも、比較的地味に放送されました。
でもこれが良かった。もともと映画自体がいい出来なわけですから、面白くないわけはない。でもそれが吹き替えのせいで5割り増しくらいに面白くなってる。
映画のストーリーは「幼い頃海でおぼれ、人魚に助けられた記憶を持っているものの、誰も信じてくれない青年(トム・ハンクス)が、人魚を再会、恋に落ちるが、人魚の存在に気づいた政府に追い回され・・・」という、まあ、よくあるラブファンタジー。
広川太一郎の役は、人魚の実在を信じるマッドサイエンティストで、人魚を捕まえようと前半は執拗に二人を追い回す敵役。ところが後半は一転して、二人を逃がすために懸命になるいい男。
この一見分裂した役が、うまいんだなあ。役者の演技はたいしたことないのに、広川太一郎の役どころを的確に押さえた台詞回しで最後は泣かせてしまう。実際に演じている役者より役を把握しているじゃないかっていうくらい。
吹き替え映画ここに極まるっていう作品の一本じゃないでしょうか。

広川太一郎の魅力を余すところなく楽しめる一本ですが、たぶん追悼記事とかでは取り上げられないと思うので、紹介させていただきました。
今夜は久しぶりに吹き替え版「スプラッシュ」を見つつ、広川太一郎さんのご冥福をお祈りすることにします。


ラベル:広川太一郎
posted by 紅灯 at 16:26| Comment(3) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「Mr.BOO!」は広川さんの吹き替えなしだとヒットはあり得ませんでした、と書かれていますが、字幕にて劇場で本邦初された時に、既に日本でも大ヒットしています。広川さん吹き替えがTV放映され、吹き替えによる新たな「Mr.BOO!」を幅広く掴んだ時もこの作品は日本でも既に大ヒットした有名な作品でした。
ホイ兄弟のファンとしてはあまりいい加減なことを書かないで貰いたいのですが…。
Posted by ケリー at 2008年04月10日 17:40
本邦初→本邦初公開 の間違いです。
ちなみに「スプラッシュ」公開時のトム・ハンクスはTV番組でアメリカでは既に有名人。ジョン・キャンディやユージン・レビーも「セカンドシティTV」で人気者でした。ギャラの順はハンクス→キャンディ→レビー→ハンナ じゃなかったかな。

思い込みによる無責任な書き込みが多過ぎると思います。
Posted by ケリー at 2008年04月10日 17:48
今 又見たけどやっぱり合わない。
他のキャラクターでは、これ!
と思えるけどロジャームーアは
全く駄目。
腹が立つほどの
嫌悪感を感じる。
もちろん あくまで 主観的であり
広川太一郎さんを 否定ではありませんが...
Posted by 大橋 at 2018年05月08日 21:59
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声優・広川太一郎さん68歳死去…ロジャー・ムーア吹き替え 3月9日8時2分配信 サンケイスポーツ
Excerpt: 声優・広川太一郎さん68歳死去…ロジャー・ムーア吹き替え 3月9日8時2分配信 サンケイスポーツ
Weblog: VELVETROOM
Tracked: 2008-03-09 20:10
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