2008年03月07日

明日への遺言


映画好きが高じて、2年ほど前、自宅に110インチのホームシアターを作りました。
といっても専用の映画ルームなんかではなくて、サンルームリビングみたいな少し広いスペースを利用してプロジェクターとスクリーンを置いただけなんですが。
そういう場所なので昼は当然観られません。夜だけ。
その程度でも、最近は100インチくらいの試写室みたいなシネコンもありますから、結構満足してみているんですが、弊害が一つ。

映画館にあまり行かなくなった。

ウチから徒歩10分くらいのところに映画館が、シネコンじゃない映画館がいくつもあって、というよりそういうロケーションが気に入って今のところに住み着いたくらいなんですけれども、最近行ってない。
ま、最近食指の動く映画が少なかったと言うこともあると思いますが、「後でDVDで観てもいいかな」と考えやすくなったのも確か。いけませんねえ、これでは。

というわけで(?)、行ってきました、「明日への遺言」。
こういう映画は映画館でしか観ません、私の場合。DVDでは絶対借りないタイプ。
というか、小泉堯史の映画って私の中ではそういうポジショニングです。理由はうまく説明できませんが、映画館なら行っても良いかなと思うけど、DVDだと棚に目もくれず素通りしそう。

ただ、前作の「博士の愛した数式」が、かなりあんまりなんというか、早い話出来が悪かったので、この新作は食指が動かなかったのですが、私の畏友が「絶対観ろ!」なんて言うので、やっぱり今回も観ておこうと行ってきました。

「明日への遺言」の前に、前作「博士の愛した数式」がなぜダメだったかを少し。
普通、原作付き映画というのは、原作を読んだ人より映画を観た人の方が多いのですが、この映画に限っては原作を呼んだ人の方が多いと思います。ので、ストーリーは詳述しません。
要は「お手伝いさんとその息子が、記憶に障害がある(一定時間以上の記憶を維持できない)数学者の家で働き、生涯の交流を果たす」というお話です。
原作読んだ人間なら誰でもそうまとめるはずです。
ところがこの映画ではそうじゃない。
「禁断の恋に落ちていた数学者と義理の姉が、男が事故で記憶障害を負ってしまったため関係が霧消してしまった。背徳の罰とばかりに今は保護者としてそばに控える女と、数字の世界で無邪気に生きる男の情通を、家政婦として入り込んだ母子が目撃する」。
この義理の姉というのは、もちろん原作でも登場しますが、非常にうっすらと墨絵の背景のように描かれていて、それがかえって二人の関係を生々しく見せることに成功しています。
が、小泉監督は、「あのさあ、普通の読者は気づいてないみたいだけど、これってこの義理の姉が鍵なんだよね。結局この姉が物語の鍵なんだよ、わかってる?」とばかりに、油絵で厚塗りしちゃいました。
ようするに「家政婦は見た!」メロドラマになっちゃってるんですな。

何でこんなことになるんだか。
要はそういうメロドラマを描きたかったというだけのことなんでしょう。
何度も言っていることですが、別に原作に映画は忠実であれとは思いません。
でもこの映画の場合、監督が自分で描きたいことを、ベストセラー小説の設定だけ借りてきてやっちゃってるとしか思えない。ちょっとそれは志が低いんじゃないか、といいたいんです。
だから、映画としての質がどうこういう以前に、私としては「ダメな映画」としか言いようがない。そういう映画を撮りたきゃ、オリジナルで勝負しなさいよってことになる。
でも小泉監督って、オリジナル作品はまだ一回も撮っていません。
今回の「明日への遺言」も含めてすべて原作付きです。

それからもう一つ。
小泉監督の作品というのは、映画評論家といわれる人たちからは高い評価を受けることが多い。
黒沢組の大番頭ということも大きいんでしょうが、撮る作品が「いかにも」な、一見地味で滋養にあふれた雰囲気を持っているからでしょうか。
「細部の、押さえた感情描写がすばらしい」なんてね。
でも、意外に「細部」がおろそかなんですよね、この監督って。

「博士の愛した数式」でも、もうちょっと何とかしたらっていう場面がいくつもあります。
その一つが、ほぼラストにあたる学者と男の子のキャッチボールのシーン。おわかりのように、大変重要なシーンです。
学者を演じるのは寺尾聰で、病弱な学者役にはミスキャストじゃないかという声もありましたが、そこはうまく演じていて、私は悪くないと思いました。
ところがです。このキャッチーボールのシーンでは、寺尾聰のバックショットが延々映るんですが、これがもう、石原軍団譲りの広い寺尾の背中がシルエットになっていて、たくましいのなんのって。散歩しただけで倒れるはずの学者先生が、すっかり「西部警察」になってます。
結局、しっとりとした心の交流を描くはずのこのシーンで感じるのは、「おお、寺尾聰って年取ってもいいカラダしてんなー」ってことだけ。

もうちょっと撮りようってもんがあるでしょう。これじゃ寺尾聰の苦心の役作りがぶちこわし。かわいそうに。
このほかにも、「ちょっと気をつければいいのに」というようなシーンやセットが出てきて、さして神経質ではないはずの私でさえ気になり始めるともう止まらない。助監督とか記録・進行とかは誰も注意しなかったんだろうか。

ここへもって来て、新作は太平洋戦争を扱ってる、というんですから、見る方としては戦々恐々です。(なんて、実は好奇心の塊だったりしますが)

続きます。


ラベル:明日への遺言
posted by 紅灯 at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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