2008年02月13日

男の自画像

柳沢きみおといえば、最近ではすっかり「特命係長只野仁」の原作漫画家として知られて…いるんだろうか。ドラマはほとんど原作と離れているみたいだし。原作の連載はいつの間にか終了しているし。原作に(一応)残っていた影の部分なんてドラマにはかけらも残ってないみたいだし(歯切れが悪いのはドラマをあんまりみてないからです)。
まあ何にしても、柳沢きみおがラブコメのルーツであることも、少年漫画誌の黄金時代に3誌(「ジャンプ」「マガジン」「チャンピオン」)に同時連載していたという前代未聞の人間離れした漫画家だったことも今ではほとんど忘れられているようです。

それでも私くらいの歳になると、柳沢きみおというのはビッグネームでして、代表作には「翔んだカップル」をあげる人が多いでしょう。ちなみに「翔」という字は本来は「とぶ」という読みはないのですが、この作品と、連載が始まる前年から流行語になった「翔んでる女」というコピーのおかげで完全に定着しちゃいました。本当は司馬遼太郎の「翔ぶが如く」が1972年で一番早いんですが。

「翔んだカップル」は爆発的な人気を呼びました。ご存じない方のために一言で物語を説明すると、不動産屋の手違いで同じ部屋に済むことになった男女の高校生が巻き起こすラブコメディです。なんてありふれた設定?
ところが当時はこの「ラブコメ」という概念がなかったわけなんですな。恋愛ものと深刻な青春ドラマとコメディは全く別だったうえに、少年誌で「揺れ動く二人の淡い恋」を描くというのも初めて。さらに、当時としては高校生の男女が単なるなりゆきで一つ屋根の下に住むなんて設定はエロ過ぎ!。というわけで革命的なマンガとして当時の社会に衝撃を与えました。
大げさではなく「翔んだカップル現象」などとして新聞や一般週刊誌なども賑わしたのです。

この作品は映画化とドラマ化がほぼ同時にされました。
鶴見辰吾、薬師丸ひろ子、尾美としのりが演じた映画版がやたらシリアスだったのに対して、当時グラビアアイドルとして人気絶頂だった桂木文(な、懐かしい)や、あの宮脇康之が出演したドラマ版は単なるスラップスティックコメディとなり、同じ原作なのかというくら違ったものになったのも、当時のこのマンガの受け止められ方の混乱を象徴しているといっていいでしょう。
このマンガがなければ「タッチ」もトレンディドラマも存在しなかったかもしれないわけで、時代の必然とはいえ、エンターテイメント史上大きな存在であることは間違いありません。

というわけで、柳沢きみおの代表作といえば「翔んだカップル」なのですが、私としては最初期の傑作「月とスッポン」も捨てがたい。
「翔んだカップル」の大ヒットの陰に隠れてやや地味なものの、連載開始はこちらが先。本来なら日本のラブコメ元祖の称号はこちらであるというのが正しいはずです。
この「月とスッポン」は、隣同士に住む幼なじみの二人(男の子はチビ・ドジ・もてない、女の子はスタイル抜群・スポーツ万能・学業優秀。ほら、今の萌え系のルーツはここにあるでしょう)が巻き起こすラブコメですが、最大の特徴は、前半と後半の雰囲気がとても同じマンガと思えないくらい違うということ。
序盤はラブコメ以前のギャグマンガですが、中盤はラブコメ、そして終盤は「人間の存在理由」について考察を深めたりするシリアス路線に転がっていくのです。

これは実は柳沢きみおのマンガ全般にいえることです。
少年マンガの場合は、最初は明るいタッチで入っても、必ず途中からシリアスな方向へ転がっていく。
最初のブレイク作「月とスッポン」からその傾向は顕著にあらわれています。
全23巻のこの作品、最初は二人が中学生としてスタートし、その後高校入学、そして大学受験と進んでいきます。中学時代は徹底したギャグマンガですが、高校に入った頃から徐々に雰囲気が変わるんですね。それまで単なるガリ勉優等生のいじられキャラに過ぎなかった藤波正平の存在感がどんどん増していき、ついには主人公を喰ってしまう。
20巻を超える頃になると、藤波が受験と恋の板挟みで悶々とする話が延々と続くんです。
そしてファンの間では名シーンとして語り継がれる、彼女と屋根の上で宇宙論を語るという段階に至ってはもうラブコメを超越しちゃってます。
結局主人公が藤波に移行しちゃって物語は破綻をきたし、「月とスッポン」に幕を下ろした後、「正平記」として新たな連載を始めるという具合。
この傾向は「翔んだカップル」でも同じ。どんどんどんどん話は暗く重くなっていきます。
ちなみに「翔んだカップル」はその20年後を描いた第3部まであります。

この「柳沢きみおドロドロスパイラルの法則」は青年向けマンガでも当然あてはまります。
ドラマ化された不倫モノ「瑠璃色ゼネレーション」然り、近年の代表作「ディーノ」然り。
いわゆる長編作品ではありませんが、放り投げるような終わり方という点では「特命係長」も同じですな。
とにかく柳沢きみおと言えば、ストーリーテリングの才能は人並み外れているものの、その広げすぎた風呂敷をたたむのが苦手、ぐいぐい読ませていくウチに話がぐちゃぐちゃというというイメージが定着しています。

ところが、昔読み逃していたある作品を最近読んだところ、ほとんど破綻なく、上質の緊張感を維持しながら連載を終えた作品があることを知ったのです。
それが「男の自画像」。

って、前振り長すぎ。
続きます。



ラベル:柳沢きみお
posted by 紅灯 at 01:47| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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