2008年02月04日

女王国の城

「本格ミステリー」というと、推理パズルの権化みたいな印象を持っている人も多いようです。「密室」だの、「アリバイ崩し」だの、果ては「首を切断した意味」だの「メタ本格」だの、ちょっと普通の読者を寄せ付けない気配が苦手という感じでしょうか。
かくいう私もこのジャンルに手を出す前はそういう先入観があったんですが、読んでみると大違い。これほど読書好き、本マニア心をくすぐるジャンルも珍しい。
よく文芸賞の選考委員が言うところの「人間が書けていない」というのは、何を指しているんでしょうかね。キャラがパターン化されている、深みがないなんていいますが、どうなんでしょう。
 このところ純文学で大流行の「コミュニケーション不全」パターン。ほら、主人公がうまく周囲と関係を結べなくてうだうだしているうちに、似たような(または正反対の)人物と知り合って、どうでもいいようなことがいくつか起きて、「こういう私ってちょっといい感じ?」みたいな心境に到達する、って小説ばかりよりは遙かにパターン化されていないと思いますが。

まあそれはともかく、「何とかして読者の裏をかいてやろう」+「読書のおもしろさを徹底的に追求してやろう」というのが本格ミステリの基本ですから、読んでおもしろくないわけがない。
本格ミステリになじみがない人にさらに言えば、ジャンルが豊富なんです。
本格ミステリが一つのジャンルじゃないかと言われるかもしれませんが、私、本格ミステリというのはジャンルと言うより一つの様式だと思っています。ちょっと話が北村薫っぽくなりますが、本格ミステリというのは一つの約束事。「謎を解く」という結構さえ守ればどんなジャンルにも応用が効くんですな。

古いところでは、ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」(新訳はいいですね)、井上靖、奥泉光などいくつかの作品が純文学系では頭に浮かびます。いずれもストーリーテリングを愛した骨太の作家ばかりで、最近のナルシズム純文とは一線も二線も画す作家が多い。
いや、勘違いしないでくださいよ。本格ミステリがナイーブじゃないと言うことではありません。ナイーブなタイプの作品でも、そこらのナルシズム純文より、はるかにしっかりとした結構を持っていると言うことであります。

そこでナイーブ系の代表格、有栖川有栖。
前振り長すぎですね。でもこういうファンは必ず読むけどファン以外はよく知らないというタイプの作家を紹介する時はいろいろ考えます。
最新作のタイトルは「女王国の城」。シリーズ作品。でもってこのペンネーム。
ファン以外の読書好きに読んでっていう方が無理と言うものであります。
でもですね、この有栖川有栖という作家は、ペンネームがこれじゃなかったら直木賞の候補になっててもおかしくない筆力のある人です。
ペンネームの善し悪しで候補になれたりなれなかったりするのかって?
そりゃそうです。10年以上昔、別のある作家について、「こんだけ文章力もあってストーリー抜群で構成力は神懸かりなのになんで直木賞じゃないの?」とこの業界の人に訊いたら、「こんな名前で取れるわけないだろ。それにノベルスだぜ」と鼻で笑われたことがあります。でもその人はそれから何年も経ってハードカバーも出すようになって直木賞取りましたが。でも名前は同じ。よかったですね、京極夏彦先生。

というわけで、有栖川有栖。この人はとても端正な小説を書く人です。構成も端正だし、文体も端正。こんな端正な筆致はちょっと最近ないんじゃないだろうかと言うくらい。だからって、魅力がないかというとそうじゃない。穏やかな、心が洗われるような文章なんですな、ミステリなのに。
そもそもあまり残酷なシーンもないんですが、たまに書いても残酷にならない。というか、むごたらしいことを、これはむごたらしいんだ、だからこんなことを許しちゃいけないんだ、という風に書いてしまう。それも大変無邪気に、作為なく嫌みなくさらっと書けてしまう。
これは作家として希有な素質です。露悪的に、偽悪的に、これでもかとばかりに残酷描写をするのは大変たやすいんですが、その逆はない。難しいですよ、こっちのが。

で、この新作「女王国の城」はその良さが遺憾なく発揮されています。
なぜならこれ、ジャンルが「青春もの」だからです。
この人のシリーズものは2系統ありますが、どちらもワトソン役は同じ、作家と同名のキャラクターが出てきます(こういうのが直木賞とかには受けが悪いんだよね。ちょっとしたお遊びが審査員はお嫌い)。
片方(火村助教授・現準教授シリーズ)は、語り手・有栖川がミステリ作家という設定ですが、もう一つのシリーズ(江神二郎シリーズ)は、語り手・有栖川がまだ関西の学生という設定です。
これは当然と言えば当然で、本人の方の(ややこしいな)有栖川有栖は同志社大学の推理小説研究会出身、デビュー作がこの江上シリーズ第一作なのです。
デビュー当初は江神シリーズの大長編ばかり続けて発表し、瞬く間に作家として確固たる地位を築いたのですが、そのうち火村シリーズやノン・シリーズにシフトするようになりました。まあこれも当然です。江神シリーズは作者の投影だったわけですから、歳を取れば学生ものは書きづらくなる。
というわけで、江神シリーズ最新作となる本作は、前作から15年ぶり。ファンが騒ぐのも当然の「事件」だったのです。

新作が出るという噂を聞いて、どういうふうにするのか大変興味がありました。
現実と同じように、あれから15年、とっくに大学も卒業し、作家になった有栖川君が、やはり同じだけ歳を取った江神先輩、そして懐かしい推理研の仲間たちと再会し、そして‥‥というほろ苦い話になるんだろうか。それとも・・・。

ど真ん中に直球がほうり込まれました。「15年?なんのこと?」と言わんばかりに。
前作からほんの少し後という時間設定。もちろん主要メンバーもはつらつとしています。語り手、有栖川のほのかな恋もそのまんま。もちろん、シリーズ作品を読んでいなくてもなんの遜色なく楽しめます。ミステリ+青春小説の見事な融合作品にしあがっています。

ただ、やはり15年という時の移ろいからは逃れられません。
登場人物を見つめる作者のまなざしに、距離感があるんですね。作者の分身としてキャラクターたちが直接縦横無尽にに動いていた前作までと違い、今作は、主人公たちを見つめる目が優しい。そして距離がある。登場人物を動かそうとする作者の「意図」に「遠慮」がある。
前述したように、作品へのアプローチが「優しさ」という希有な才能を持っている人だけに、どうしてもこれは避けられなかったんでしょう。
読んでいて、喪われた青春という輝きにあらためて目を細め、静かな笑みを湛えている作者の柔和な表情が伝わってきます。
そしてそれは、この「女王国の城」という作品に「青春小説」としての深みを与え、より魅力あるものにしているのです。

(追記:上の文章、最初は江神シリーズが「江上」になっていました。大変失礼しました。指摘された方、ありがとうございました)


ラベル:有栖川有栖
posted by 紅灯 at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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