といっても少しばかり変わった送別会。
私を除いた全員がK社という私とは違う企業の先輩方なのだった。
K社というのは同業他社でライバルである。いつも「やられたああ」などと頭を抱えたりしているところである。
そこの人たちに囲まれて、「それでは紅灯さんに贈る言葉!!」などとやってれば、誰が見たって私はK社の社員であるはずなのだがそれが違うという少し妙な光景。
集まった方々も「何か妙だよな、これって」などと言いつつ、「まあいいじゃない、あはは」とグラスをぶつけてくる。
みんな先輩だし、私が新人の昔々から知っているよという方も少なくない。おまけにこの選挙直前の忙しい時期なのに、開始時間ちょうどに私が到着した時には全員顔を揃えていらっしゃる。普段失礼な口を聞いている私も、だんだん頭が上がらなくなってくる。
そのうち私へのはなむけを一言ずつ、となった。
「彼はね、とにかく生意気だった」
「鼻っ柱強くてね、頼ろうとしない」
どんどん頭が上がらなくなってくる。
「でもね、彼、新人の時、こんな仕事してたんだよ。こんなとこに目を付けるの、俺だけだと思ってたから驚いてね」
「別の仕事の時はね、彼は……」
いくつもいくつも、皆さんの口からこぼれ出てくる話は、私にはすっかり忘れていたことだった。すっかり忘れていたことが次々に目の前に浮かび上がってきた。20代の僕や30代の私がグラスの向こうに顔を出す。
そして2次会。カラオケスナック。
旅立ちの歌が次々にかかり、ステージの上から「がんばれよ!」と手を振る先輩たち。
私はあの笑顔に答えられる人生を重ねてきただろうか。
そんなことをつい考えてしまい、なんだかうまく言葉が出てこなくなった。
最後の曲になった。「あこがれのハワイ航路」。
全員で輪になって肩を組み、フラダンスのように足を上げて踊る。
K社伝統の送別の儀式だそうだ。
両脇をがっしりと抱えられて足を上げ、腹から声を出して歌った。
みなさん、ありがとう。
別れた後、少し足が震えていました。
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