2009年01月19日

悪魔が気づく前に


重く辛く胸が悪くなるような。陰惨で救いがない。絶望。
そんな映画だった。

「その土曜日、7時58分」。

ニューヨーク。兄は会社での使い込みがバレかけている。弟は離婚した妻子の養育費すらまともに払えないダメ男。まあどこにでもいそうな兄弟だ。
「とにかく金があればリセットできる」。
二人が企んだのは強盗。押し込み先は両親の宝石店。保険にも入っているし誰も傷つかないはずだった。しかしずさんな計画にダメダメな男たち。あっさりと計画は破綻し後には悪夢のような──目覚めることのない悪夢が待っていた。

「普通の人間」が出口のない犯罪に追い込まれる過程を細かなエピソードの積み重ねで描いていく。
さらに強盗を軸に時間を往き来しながら、それぞれの登場人物の視点から「なぜこうなってしまったのか」を徹底的に描き出していく。
それが息苦しい。見る者に全く救いを与えない。
登場人物たちは皆一様に一生懸命に生きようと──ナンバーワンでなくてもいいからオンリーワンとして生きようと──努力をしている。どうあれ一生懸命人生を生きている。ひとつの事態が破綻しかけたら、何とか事態を少しでも良くしようと知恵を絞り汗をかく。しかしそれはことごとく悪い方へ転がる。当たり前だ。目の前のことだけに一生懸命で全く周りが見えていないのだから。観客の視点からは悲惨なくらい馬鹿にしか見えない。
目の前のことだけに懸命なので、彼らには正義と言うものが存在しない。正義なんてもので飯は食えないから。そもそも両親の家に強盗に入ることを選択した時点で正義は棄てられている。でも強盗の理由は、人間としてやり直し一から出直すためなので、彼らはその先には正義があると思っている。そう、すでに前提にしてからが馬鹿なのだ。

しかしこれは私たちの当たり前の姿でもある。私たちは理想を口にし、その実現のために今を生きていると思っている。その為には多少の犠牲や罪を犯すこともやむを得ないと何処かで都合よく考えている。「それが現実だ」と。自己欺瞞を重ねて生きていくことが当たり前になっている現代。その先には地獄が待っているんだと告発する。
だから息苦しい。

この映画の原題は「BEFORE THE DEVIL KNOWS YOU'RE DEAD」という。
「あなたが死んだことを悪魔が知る前に」。
これだけではよく意味がわからないが、このタイトルが出る前に、スクリーンに「May you be in heaven half an hour」という文章が綴られる。
「May you be in heaven half an hour before the devil knows you're dead」
──悪魔に気づかれる前に、天国に行けますように。
アイルランドの慣用句だそうだ。

この映画、シドニー・ルメットの新作ということで観に行った。
御年84歳。最近あんまりぱっとしないと思っていたけれど、考えてみれば70歳から84歳までの作品にろくなものがない、などという方がどうかしている。
しかし84歳でこんな映画作るか。何があったんだシドニー・ルメット。

シドニー・ルメットといえば、「12人の怒れる男」であり、「セルピコ」であり、「狼たちの午後」であり、「評決」だ。
「12人の怒れる男」はたった一人の男が11人の陪審員を説得し法廷の正義を実現する映画だったし、「セルピコ」は腐敗した警察の中で正義を信じる刑事が身の危険も顧みず仲間を告発する映画だったし、「狼たちの午後」は銀行強盗に入ったダメ男たちが希望に目覚めていく映画だったし、「評決」はクズ弁護士が正義に目覚め、誇りを取り戻していく映画だった。
正義のない社会に正義を求める。それがシドニー・ルメットのスタイルだったはずだ。
それが84歳にして正義に絶望している。社会派の巨匠はついに正義などというものは存在しないと悟ったのだろうか。
この映画は、家族の絆すら否定したあげく、今年73歳になる名優アルバート・フィニーが真っ白い光に包まれて去っていくところで終わる。全てを否定し葬り去った彼だけは「悪魔に気づかれる前に」天国へ向かったのだろうか。

最後に役者について。
久しぶりのアルバート・フィニーはもちろんいい。
いまやすっかり「怪優」として知られるようになったフィリップ・シーモア・ホフマンは、誰もが持っている狂気に乗っ取られるまでを生き生きと演じている。柔和な笑顔を絶やさず犯罪計画を語るところなんざ瞠目ものだ(しかしこの人、僕より年下なんだよな、びっくり)。
どうしようもないダメ男を演じるイーサン・ホークも素晴らしい。馬鹿なのに,馬鹿の癖に事態を好転させようとしてのっぴきならない羽目に追い込まれる男を説得力たっぷりに演じている。

それから音楽もいい。静かな緊張感を持続させる。
この映画観ていて「ノー・カントリー」とテイストが何となく似てるなあと思っていたら、音楽が同じカーター・バーウェルだった。

とにかくいろんな意味で観て損はない一本。





posted by 紅灯 at 19:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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