2009年11月29日

リニューアル!

ごらんの通り、ブログをリニューアルしました。
って、twitter上の私のつぶやき(ツイート)を入れただけなんだけど。
そうするとこれまでのスペースでは足りないので、両袖タイプのデザインになりました。
しかし、こうなるとこのブログ、字ばっかりだなあ。あんまり見づらいようなら様子を見て元に戻そう。

なぜtwitterのつぶやきなんかを入れたかというと、理由は三つ。
一つは、ツイッターのつぶやきは、古いものからどんどん読めなくなっていくんです。つぶやいた本人も、数日もたてば何つぶやいたかなんて憶えてない。なので、せっかくブログもつけてることだし、備忘録代わりにいいかな、という訳です。

もう一つは、これが理由としては大きいんですが、twitterとはいったいどんなものなのか、関心がある人に知って貰うのにちょうどいいんじゃないかということ。
これは私自身がそうだったんですが、「twitterってどんなものだ?」と思ってアカウント取っても、最初はどうやっていくのかよくわからない。フォローもフォロワーもいないところでポツンとつぶやいてもただ寂しいだけ。大海原に一人ぼっち。堀江謙一さんですな(たとえが古過ぎ)。
なのでこれからどうなるのか、何が楽しいのかまるでわからない。他人を検索しようにも、まだそんなに広まっているわけでもないし、ブログと同じように匿名でやっている人が多いから,知り合いを探すのは結構大変。
そういう「ちょっと興味はあるけどロンリネス」という方に参考にでもなれば、ということであります。

もう一つはネット上の情報共有。
まだまだ私はtwitter初心者ですから、twitterのフォロワーよりブログの読者の方がはるかに多い。なのでちょっとした情報提供はブログの方に還元した方が効率的だなあという訳です。

ちなみに、このブログ上でのtwitterのつぶやきはリアルタイムではありません。twtr2srcというサービスを利用してHTMLに記述したモノを貼りこんでます。なので最大1日くらい遅れて反映されることもありますのでご注意ください。

リアルタイムで自動反映させる方法ってあるのかな?
その逆(このブログの更新をtwitterに自動反映)はすでに使っているんだけど。

(追記)
twitterのブログパーツを導入しました。
でもまだ改良の余地がある・・・




ラベル:twitter
posted by 紅灯 at 20:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月24日

牡蠣小屋大騒動

牡蠣小屋なるものに行ってみたかった。まず名前がいい。牡蠣で小屋である。やっぱりオイスターでバーより、牡蠣で小屋だ(なんだか意味不明だけど)。
海産物というのは鮮度が重視されるが、中でも牡蠣は別格。そういえば「美味しんぼ」の山岡士郎は暴走族のバイクに二人乗りして牡蠣を運んだんだっけ。
なので牡蠣は海で食べるのがいちばんらしい。だから牡蠣小屋。大変わかりやすい。

というわけで行ってきました。福岡は糸島半島、岐志漁港の牡蠣小屋。糸島半島の牡蠣小屋は岐志漁港以外にもあるのだけれど、ここがいちばん数が多い。10軒近くの「小屋」があるそう。この日は小雨混じりの肌寒い日とはいえ、連休中である。相当の混雑が予想される。となれば数が沢山あるところの方が平均すれば混まないのではないかという判断である。
が、甘かった。
漁港に着くと車、車、車。数え切れないくらいの車が埋め尽くしている。その向こうに立ち並ぶビニールハウスが目指す牡蠣小屋。その後ろは海の筈なのだが見えない。とにかく車の向こうにビニールハウス。そこから延びる人々の列。とてもシュールな光景である。

とりあえず並ぶ。何の予備知識もなく並んだのだが、店によってファンが付いているようで、「あ、ここ」「ここだここだ」などといいながら並ぶ人が多い。見かけは同じビニールハウスなのだが、牡蠣の値段や、炭火かガスかや、サイドメニューなどによってかなり個性があるらしい。
並ぶのは苦手なのだが、なにしろ海である。漁港である。ここまできて並ばなければほかに何にもしようがないのであった。

ちょうど1時間で中に入れた。ハウスの中はもうもうと焼ガキの匂い。ハウスの中央に通路が一本通っていて、両脇にベンチ。炭コンロがずらりと並んでいる。これが焼き肉なら、1時間も待って炭火の前に案内されればもっとギラギラした雰囲気になりそうだけれど、そういう雰囲気ではない。なんとなく落ち着いている。炭火なのにどこか枯れた感じが漂ってる。
新しい炭を運んできた店員さんが「何キロにしますか?」。いきなり「何キロ」という食べ物屋もなかなかない。
時期的なものなのか、やや小ぶりの牡蠣で、1キロ10数個見当。5,6個網の上にのっけて待つ。とりあえず待つ。ビールを飲んで待つしかない。
ヒマである。
ハマグリとかならすぐに口を開けそうな気もするし、なにより愛嬌があるが、なにしろ牡蠣だ。岩を網の上にのっけってるみたいで愛想もこそもない。どうにもヒマなのである。

なので「きょう入荷」の手書きの張り紙に書いてあったワタリガニも頼む。「カニも食うか」程度のほんの気まぐれだったのだ。それがまさか・・・。

運ばれてきたワタリガニは3匹。輪ゴムで手足をぐるぐる巻きにされている。ではさっそくとゴムを外した瞬間だった。
「わああ、生きてる」
いきなり私の指めがけてハサミを振り下ろしてきたのだ。「危ない!」と後ろから店員さんの声。カニを放り出し、慌てて両手に軍手を嵌める私。ものすごい勢いでテーブルから逃げだそうとしているカニをトングでつかみ、裏返して網の上へ。これで大丈夫だろうと思ったのもつかの間、「おおお、ブリッジしやがった」。ワタリガニが手足をいっぱいに広げ、ハサミで網をつかんでこれでもかとばかりにブリッジしているのだ。「こ、こいつめ」おびえながらトングで網に押しつける私。「早く焼けちまえ」。気分は殆ど猟奇殺人者である。

すっかりカニに気をとられている間に牡蠣が焼けている。「お、焼けた焼けた」と軍手を嵌めた手で牡蠣をつかんだ瞬間、「わっちゃっちゃっちゃ!!」牡蠣の口の隙間から猛烈に熱い蒸気が噴出していたのであった。
「わあああ」とわめきながら今度は牡蠣を網の上に放り投げる私。四十男は牡蠣小屋ですっかり落ち着きをなくしたのであった。

肝心の牡蠣の味はというと、これはもう、うまいの一言。あんまり芸が無くてもうしわけないが、とにかくうまい。私実は街で食べるときは牡蠣の好き嫌いが結構あって、信頼のおける店でしか食べない。牡蠣独特の潮臭さが「美味しく」感じられるものと「臭く」感じられるものがあるからだ。前も書いたけれど、家で食べるときは大根おろしで徹底的に洗う。
でも牡蠣小屋の焼ガキはまったく厭な臭いがなかった。「牡蠣独特の」と思っていたあの磯臭さはもともと牡蠣にあるものではないようだ。
「美味しんぼ」じゃないけれど、牡蠣は水揚げしたら一秒でも早く食べるべき、というのは間違いなさそう。
牡蠣を食べるなら牡蠣小屋で。これはやはり正しいみたい。
また行こう。できれば平日に。

posted by 紅灯 at 21:49| 酒・料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月21日

ごぼ天うどん

お昼はごぼ天うどん。正しくは「ごぼう天うどん」だが、「ごぼ天」と発音するのがネイティブ。
これを食べると「福岡に帰ったなあ」という気がする。
観光客なら「とんこつラーメン」とか「もつ鍋」とか「水炊き」とかで福岡を感じるのかもしれないけれど、生まれ育った人間としては「ごぼ天うどん」である。

九州を離れるまで、まさか他の地方ではごぼ天うどんがないなんて想像もつかなかった。関東では肉うどんすらないところが少なくない。
肉うどんは関西では一般的だけど、福岡でごぼ天と肉うどんがないうどん屋(そば屋ではない)なんてまず想像できない。
ちなみに福岡では「天ぷらうどん」といえば通常「丸天」である。「丸天」というのは要するにさつま揚げのでっかくて丸いものを想像して頂きたい。あれがどんと載っているのが「天ぷらうどん」。
では、ごぼ天うどんはおでん種のごぼ天かというとこれが違う。こちらはごぼうを天ぷらにしたものが入っている。こうやって書いているとなんだかややこしくて他の地域の方に申し訳ない気になってくる。

しかしこのごぼ天うどんがうまいんだな。
店によって違いはあるけど、大抵はごぼうをきんぴら風ではなく、繊維に沿って薄く長さ5,6センチくらいにスライスしたものをてんぷらにする。
これをうどんに入れると、最初のうちはパリッと揚がっているのでシャクシャクの食感が実に香ばしい。食べ進めて行くにつれてごぼうの野趣あふれる香りと衣のアブラがつゆにまみれていく。よくダシの利いた九州風の薄口のつゆがしたたる天ぷらの衣、衣は柔らかくなってもパキパキした歯ごたえを失わないごぼうが噛みしめるたびに味を染み出す。そこで噛み疲れた歯をいたわるようにうどんがにょろん。すべての旨味がもう口中で渾然一体。
さらにここに肉を投入する「ごぼ天肉うどん」の場合、甘辛い肉汁の参加によってもう天国のレベルにまで幸福感が増すのだ。

なんで福岡にしかないんだろ(九州北部では割とあるけどね)。


posted by 紅灯 at 21:03| 酒・料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月19日

Bar「つぶやき」その後

twitterを始めて2週間、慣れてきてクライアントなど導入したりしています。
最初はフォローする相手をどうやって探すんだ?なんて思っていたけれど、関心のある人を見つけてフォローするとフォローをかえされたり、フォローしてくれた人をフォローしている人がフォローしてくれたりと(ややこしい文章だな)、少しずつ増えている状況。

大変におもしろい出会いもありました。
共通のテーマからある方を見つけてフォローしたらすぐにフォローを返され、「なるほど、私の方にも関心があるのかな」などと思っていたら、すぐにダイレクトメッセージ。実はこの方、このブログを前から読んでいらっしゃって、コメントを入れようと思ったこともあったそうなんです。ただこのブログ、途中でコメント欄をやめちゃったので(認可制にしていたんですがそれすら理解できない方もいるようなので)、連絡を取れずにいたところ、突然私からフォローが来たというわけ。ネットの世界も広いようで狭い。

もう一つ、某著名なブロガーの方がいらっしゃって私もずいぶん昔から読んでいまして、twitterもフォローしました。有名人の場合、twitterではフォロワーの方が圧倒的に多いのは当然です。ところがしばらくするとこの方からフォローが。これはなんとなくうれしい。ファンレターを出したら返事が来たような感覚ですね。

こういう経験を通してつくづく思っているのは、このtwitterというのは実は相当に斬新なコミュニケーションの世界を切り開くものなのではないかということ。一般的にtwitterは「何のことはないつぶやきを投稿するゆるいツール」と受け止められていますが(私も半月前までそうだった)、意外とこれまでにない人とのつながり方を生みつつある気がします。

twitterでのつながりは基本的には「他人」です。その気になればtwitter上のすべての人のつぶやきを聞くこともできるわけで(実際にはムリだけどさ)、フォローしているだけでは完璧に他人です。これがフォローしあうようになると少々変わってくる。もちろん「他人」という前提は変わらないんだけど、どこか「知り合い感」「連帯感」のようなものが生まれてくる。RTなどを繰り返していれば、リアルで会っても違和感なく話せるかもしれない。

しかしネットではこの「知り合い感」という距離感がしばしば問題になることがあって、ブログのコメント欄や掲示板とかが荒れたり炎上したりするのも一つにはこの距離感の一方的な思い込みがあるのではないかと思っています。
ところがtwitterの場合、「知らない人たちとなんだかつながってる」という感覚が強い。掲示板などとは違って「あなたにこれを言いたい。私の言いたいことを聞きなさい」という主張が(コミュニケーションの中では)少ない。

さらにtwitterでは、特に私達くらいの年代だと、いろんな人がいろんな日常を送りいろんな活動にエネルギーをそそいでいるんだなあという当たり前のことが非常に新鮮に感じられるんです。普段接点のない人たちの日常と微かに触れあうことで、マスコミなんかが当たり前のように扱っている「大衆の群れ」という均質化されたイメージが、実は幻想に過ぎないことが実感としてわかる気がするんですね。

先日、一念発起してダンスパフォーマンスに挑戦した、普段は堅い仕事をしている40代の方が「個性は自分の中にあると思っていたけれど、人との関わりの中で見えてくるものだと初めて知った」と話していたのが印象に残ったのですが、まさにtwitterも「つぶやきの関係性の中から個性が見えてくる」気がします。
posted by 紅灯 at 22:29| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月16日

カッコいい大人たち

熊本でドキュメンタリー映画の上映会があって日帰りで行ってきた。実を言うと今帰ってきたところ。
私も初夏に取材して、番組にしたイベントなのだけれど、55分の映画になるとまた別格の味わい。というか、撮影・監督が榎田信衛門さんというウェブラジオ&TVの大御所なので当たり前と言えば当たり前なのだけれど。
そのテーマは「クマモト・バーテンダーズチョイス」という熊本でしか飲めないウィスキー。一匹狼のバーテンダーが手に手をとって熊本オンリーのウイスキーを販売するまでの記録という面白くないわけがない話。企画から販売まですべてが手作りで、本日の上映会も手作り。おまけに入場無料。
そっかそっかそりゃいいやと思っていたら、「お前、前座で何か喋りなさい」と呼ばれたわけです。

無料のイベントほど難しいものはなくて、なにより人の入りがわからない。
私なんぞ「人が少なきゃ喋るほうは気楽でいいや」なんて罰当たりなことを思っていたわけですが(思ってません)、別にボランティアでイベントやってるわけじゃないですからね。企画する方は大変です。
でも幕が上がるときには満席。本当に頭が下がりました。

仕掛け人は熊本のバー・コロンこの人。行動力・企画力も図抜けてるけど、何より新しいものに挑戦するエネルギーが並じゃない。
もう亡くなって20年以上経つけれどその存在は薄れない希有なジャーナリスト・千葉敦子さんは「スランプに陥るのは、簡単な仕事ばかり受けているときだ」と看破したけど、40を過ぎると本当にこの言葉の意味がわかってくる。
上映会が終わって打ち上げで、疲労困憊なのにとてもいい顔をしていたマスタード★鶴田さん。そして信衛門さん。あなた方格好良すぎ。
刺激にあふれた一日でした。
posted by 紅灯 at 01:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月08日

Bar「つぶやき」

今更ながらツイッターを始めてみました。
忙しくなるといろんなことに手を出したがると言う悪いクセであります。
このツイッター、以前にも誘われたことがあるんだけど、その時は「そんなつぶやきなんて何が面白いの?」という感じで流していたんですね。その気持は今回も変わっていなかったんですが、ただこの間に結構ツイッターが広がりを見せてる感じはあって気にはなっていたんです。さとなおさんが鳩山首相と会食してツイッター勧めてみたりとか。

で、原稿書きの息抜きに(というか逃避に)ツイッターに登録してみました。この手のものとしてはあんまり直感的でないのと、言葉が直訳体で少々読みづらいので、最初は少々抵抗はあったんですが、基本的なところは慣れました。
確かにつぶやきはつぶやきなんだけど、人によってずいぶん使い方が違うんだなあ、というのが今のところの印象。ビジネスやポリティカルな活動に精力的に使ってる人もいるし、のんびりたんたんとつぶやいてる人もいる。私なんかはまだよく勝手がわからないのでおとなしく後者ですが。

ただ、共通して言えるのは、意外と独り言って面白いんだなあと。いや、厳密には人に聞かせることを前提としている独り言なんだけどね。ブログが人に見せることを前提とした日記なら、こちらは人に聞かせる独り言。そこに他人から返信めいたものも入ったりするんだけど、それはそれでぼやきと相づちみたい。

なんか似たような状況知ってるなあと考えたら、あれです。
バーのカウンター。
激しく自己アピールしている人もいるかと思えば、ぽつねんと呑んでる人もいる。時々マスターが合いの手入れたりなんかしたりして。常連さん同士で話し込んでるかと思えば見ず知らずの人と話し始めたり。何話したか翌日には忘れてたりもするんだけど、かと思えば結構後まで尾を引いたりもする。
あの独特でルーズで魅力的な対人関係空間がネットの世界に再現されつつあるのかななどと思う初心者でした。

あ、koutouwinterという名前で登録してます。フォローは歓迎です(必ずフォローし返すかどうかはわかりません。すみませんルーズなもので)。



posted by 紅灯 at 20:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

レモン!

最近なんだかハイボールが流行っているそうで、あっちでもこっちでもハイボール。
昔からのハイボール好きとしては大変喜ばしいこと何ですが、どうも変。

ハイボールブームはいいんだけど、この前焼肉屋さんにいって「ハイボールあります」の張り紙が。
「ほうほうこんなこところにもハイボールが」と頼んだら、これがこれが。
……これはレモンチューハイととこが違うんだね。
と言いたいとこなんだけど、一応ウイスキーっぽい香りもしないことはない(それがまたマイナスなんだけどさ)。
でもその分さらにレモン味を効かせてあって、酸っぱいことこの上なし。
これがハイボールだって思われたくないという反面、焼酎ブームも(一応)酎ハイブームで裾野を広げたしなあ…などと仕掛け人のサントリーを思いやるのでした。

で、そのレモンですよ。
基本的にはハイボールってレモンなくてもいいんですよ。本当においしければね。でもおいしいハイボールは最後にレモンを振る。
ここのとか、ここのとか、そらもう絶品であります。
でもね、それはウイスキーにソーダ放り込んでレモン搾ればいいってもんじゃないのでして、最初に「うわーレモンだ」なんてのはハイボールでも何でもないと。

じゃレモンはどうでもいいかというととんでもない。
本当にレモンてのはピンキリでして。
うちの近くのスーパーは南アフリカ産のレモンしか置いてなくて、ちゃんと「防かび剤使ってます」とか書いてるのはいいんだけど香りも何もない。
これがですね、長崎産でも香川産でもいいんだけど、ちょっと高いレモンを使ってごらんなさい。ほんの一滴ですーっと鼻に抜けるようないい香り。バーテンダーさんたちの技術はなくても、そこそこのハイボールは楽しめますよ。確かに高いけど、でもほんのちょっとですむからね。トータルではお得。ていうか、同じレモンとは思えないから。

このハイボールブーム、自宅で楽しむならレモンにちょっと気を配るだけで秋の夜長、ずいぶん変わりますよ。

posted by 紅灯 at 00:31| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月02日

売り上げに影響するのだろうか

中島みゆきさんが紫綬褒章って、驚きました。
ファンとしてはめでたいことなんだけど、「おいおいもうそんな歳?」って感じです。
そう思って受章者一覧見ると意外と四〇代なんかもいて、今時の褒章は=年寄りというわけでもないようであります。
それにしてもなあ。なんだかイメージが湧かない。本人は相変わらず人を食ったようなコメントを出してますが、ご自分でも面食らってるのではないかしら。

久石譲の方はまだなんとなくわかる気がする。するけれど、こちらの方も意外といえば意外。私、ピアノのレパートリーの三分の一は久石譲っていうくらい好きだし、高く評価されていい人だとは思うんだけど、そんなに活躍の幅が広いとは言えない気もする。基本的に宮崎駿と北野武だもんね。
久石譲が授章するなら加古隆とかだって……と思うのは私だけではないはず。

ま、褒章叙勲の基準なんてあってないようなものとは昔から言われてることなので、今更考えても仕方ないし、ファンとしては素直に喜ぶべきなんでしょうな。

そう言えば、さ来週、中島みゆきのニューアルバムの発売なんだけど、まさかプロモーションの一環じゃ、なんてね。

「褒章受章第一弾アルバム!」なんて帯が付かないかな。
posted by 紅灯 at 18:56| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月01日

おいおい、いいのか

出版の校正作業と追加原稿の執筆が追い込みに入ってるところに、本業の方もけっこうドタバタしたりと、なんだかやたら忙しい。本も読めない、映画も観れないと欲求不満が募ることおびただしい今日この頃。ストレスがたまると買い物で解消しがちという悪癖を持つ私は、観る時間もないくせにDVD情報などをチェックしておりました。

そしたらビックリ。
「刑事コロンボ」のDVDボックスが今月再発になるじゃないですか。再発自体は前も1回あったので驚かないけど、驚いたのはその価格。5枚組1セットで定価4980円。amazonなら3686円。で、4セットで旧シリーズ全巻揃う。全部揃えても1万5000円しない。
だって、去年出たコンプリートボックス2万6500円だよ。んでこれ、完全限定生産という触れ込みで完売したらしくて、ネットなんかじゃ4万〜10万以上で売ってたんだよ。安く出るのはいいんだけど、前に買っちゃった人怒ってないかな。プレミア見込んで沢山買っちゃった業者とかどうするんだろ。

んで、「コロンボ」がユニバーサルなので「ひょっとしたら」と思ってみたら、やっぱりあった。
「大草原の小さな家」シリーズ。こちらもユニバーサルで、シーズン1から8までが一昨年から今年8月まで続々出てました。そのときは1シーズン8枚組で1万7800円。長らくDVD化されなかったこともあって結構売れたみたい。シーズン1なんてすぐにプレミアついてたし。僕も欲しいと思ったんだけど、TVを同録したのがビデオでほぼ全巻残っているので(場所とるんだこれが)思案していたとこだったんです。
それがあなた、シーズン6までがやっぱり今月新価格で再発。それぞれ定価4980円(amazon3686円)。
シーズン6まで去年買った人は計10万6800円(!)。今月買えば2万2000円。
8枚組で3600円って、一枚400円ちょっとの勘定ですぜ。

いやー、これ怒るって。廉価版の再発はファンにはありがたいものだけど(私なんぞ早速買おうと思ってたりする)、これはちょっとね。ユニバーサルに何があったのか。在庫一掃しなきゃいけないのかな?

posted by 紅灯 at 12:54| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。