2009年01月29日

寝酒っていいものだね

1週間で原稿100枚というハメになったのは、降ってわいた災難に見舞われたようなものだと思っていたら、実はそうではなかった事が判明。
原稿書きのため、前に書いたことを参照しようと、封も切らずに置いていた前号の掲載誌の封筒を開けたら、一枚の紙が出てきたのだ。
「次号の〆切りは一月末日です」……。ちゃんと書いてあるorz

ま、ともかくこの3日、昼は仕事で夜も原稿書きであります。
運良く今週は夜8時過ぎくらいから原稿に向かえるのでそこからぶっ続けで5、6時間。休憩も気分転換も一切なし。
その結果3日目のきょうまでに80枚達成。
うおーっ、頂上が見えてきたぞー!

ただ、さすがに根を詰めてひたすら書いていると深夜2時、3時に頭が昂奮して寝付けない。
「ああ、あそこはこうかけばよかったなあ、ここはこうだよなあ……」とか。
なので、寝酒が必要。
というか寝酒の意味が初めて分かったような気がする。
とりあえず、ラスティ・ネールなどを引っかけて、深夜のほっとタイムなのでした。

とにかくもうちょっと。

posted by 紅灯 at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 酒・料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月26日

そ、そんな

現在連載中の原稿の次の〆切りがいつなのか、全然連絡がなかったので、こっちから訊いてみた。恐る恐る。
すると今日、メールで返信が。
こういう予感に限って当たるもので、「〆切りは31日ですよ」とのこと。

なんてこった!
多分正月を挟んだのでごちゃごちゃして連絡が漏れちゃったんだろうけど、うわああ、あと1週間。
「最悪来月7日まで待てますよ」という優しい言葉も付いていたんだけど、1日から6日まで出張だし。
どうしよ。予定では最低100枚で、なおかつ今回は最終回になるかもしれないので更に増える可能性もあるのだ。
1週間100枚以上って、これまで経験したことのないペースだなあ。
初めてハーフマラソンレースに出る時ってこんな感じなのかなあ。

なんて妄想してる場合じゃない!(既に現実逃避だね)。
まあ、今週は本業の方がそれほど混みあってないのがせめてもの慰め。
何とか時間作るしかない!

などとこの場で決意表明して自分を追い込むのでありました。


posted by 紅灯 at 16:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月21日

47歳の大統領と27歳の作家志望

ついに子ブッシュがいなくなった。
オバマ新大統領への尋常ならざる期待値はブッシュが消えるということでものすごく底上げされているんだろう。
でもアメリカ国民の皆さんが今どんなにブッシュを嫌おうと勝手だけど、2期8年もの間この男を指導者に選んだのは自分達だという自覚だけは持っておいてほしいと切に思う。世界中が洒落にならないほど迷惑をこうむって、挙げ句命を落とした無辜の民が世界にどれだけいるのか、アメリカ国民は絶対に忘れるべきじゃない。

で、オバマ新大統領の演説。感動的なラストばかり紹介されているけれど、実はかなり冷静に政策を語っている。それも端的に。
「今日問われているのは政府の大きいか小さいかではなく、政府か機能するかどうかだ。適正な賃金の仕事や負担可能な医療費、尊厳ある退職後の生活を手に入れる手助けを政府が出来るかどうかだ。その答が『イエス』の時、我々は前に進む。『ノー』の時、その政策は終了する」
シンプルだ。シンプルだが小泉元首相と決定的に違うのは中味があると言うこと。世界各国で続く「大きな政府・小さな政府」の論争にきっちりと責任ある政治家として答を出している。こんなシンプルな言葉を日本の政治家はなぜ言えないのかな。

安全保障についても同様だ。
「防衛に関し、我々の安全と理想は二者択一であり並列しえないという考え方はまやかしであり、否定する」。
ネオコンや日本のタカ派の主張する「平和主義は理想である」という批判を(そしてブッシュの8年間に世界に広まった考え方を)真正面から斬って捨てた。しかし新大統領は理想主義に走っているわけではなく、冷静に計算している。
「先の世代は(第2次大戦)、我々の力だけでは我々を守ることは出来ないし、その力で思うままに振る舞っていい訳ではないことをわきまえていた。軍事力は思慮深く用いることでその力を増すことを踏まえ、我々の安定は我々の大義の正しさと力強さ、そして謙虚さや自制からもたらされることを知っていた」。
軍事戦略論としても秀逸であり端的だ。

これだけ短い言葉で内容のあることを指し示すのは簡単じゃない。と思っていたら、この演説、オバマ大統領が27歳の側近ライターと二人で書き上げたという。
このライターは「小説家になりたい」と話しているそうだけど、現実を見つめて端的な言葉に纏めあげるこの手腕は政治にこそ向いているんだろうな。
しかし自分より20歳も若いパートナーとこれほど重要な仕事を纏めあげていくオバマ大統領の柔軟さには驚く。
演説の内容よりむしろそのことが今後のオバマ時代を象徴することになりそうだ。


posted by 紅灯 at 14:49| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月19日

悪魔が気づく前に


重く辛く胸が悪くなるような。陰惨で救いがない。絶望。
そんな映画だった。

「その土曜日、7時58分」。

ニューヨーク。兄は会社での使い込みがバレかけている。弟は離婚した妻子の養育費すらまともに払えないダメ男。まあどこにでもいそうな兄弟だ。
「とにかく金があればリセットできる」。
二人が企んだのは強盗。押し込み先は両親の宝石店。保険にも入っているし誰も傷つかないはずだった。しかしずさんな計画にダメダメな男たち。あっさりと計画は破綻し後には悪夢のような──目覚めることのない悪夢が待っていた。

「普通の人間」が出口のない犯罪に追い込まれる過程を細かなエピソードの積み重ねで描いていく。
さらに強盗を軸に時間を往き来しながら、それぞれの登場人物の視点から「なぜこうなってしまったのか」を徹底的に描き出していく。
それが息苦しい。見る者に全く救いを与えない。
登場人物たちは皆一様に一生懸命に生きようと──ナンバーワンでなくてもいいからオンリーワンとして生きようと──努力をしている。どうあれ一生懸命人生を生きている。ひとつの事態が破綻しかけたら、何とか事態を少しでも良くしようと知恵を絞り汗をかく。しかしそれはことごとく悪い方へ転がる。当たり前だ。目の前のことだけに一生懸命で全く周りが見えていないのだから。観客の視点からは悲惨なくらい馬鹿にしか見えない。
目の前のことだけに懸命なので、彼らには正義と言うものが存在しない。正義なんてもので飯は食えないから。そもそも両親の家に強盗に入ることを選択した時点で正義は棄てられている。でも強盗の理由は、人間としてやり直し一から出直すためなので、彼らはその先には正義があると思っている。そう、すでに前提にしてからが馬鹿なのだ。

しかしこれは私たちの当たり前の姿でもある。私たちは理想を口にし、その実現のために今を生きていると思っている。その為には多少の犠牲や罪を犯すこともやむを得ないと何処かで都合よく考えている。「それが現実だ」と。自己欺瞞を重ねて生きていくことが当たり前になっている現代。その先には地獄が待っているんだと告発する。
だから息苦しい。

この映画の原題は「BEFORE THE DEVIL KNOWS YOU'RE DEAD」という。
「あなたが死んだことを悪魔が知る前に」。
これだけではよく意味がわからないが、このタイトルが出る前に、スクリーンに「May you be in heaven half an hour」という文章が綴られる。
「May you be in heaven half an hour before the devil knows you're dead」
──悪魔に気づかれる前に、天国に行けますように。
アイルランドの慣用句だそうだ。

この映画、シドニー・ルメットの新作ということで観に行った。
御年84歳。最近あんまりぱっとしないと思っていたけれど、考えてみれば70歳から84歳までの作品にろくなものがない、などという方がどうかしている。
しかし84歳でこんな映画作るか。何があったんだシドニー・ルメット。

シドニー・ルメットといえば、「12人の怒れる男」であり、「セルピコ」であり、「狼たちの午後」であり、「評決」だ。
「12人の怒れる男」はたった一人の男が11人の陪審員を説得し法廷の正義を実現する映画だったし、「セルピコ」は腐敗した警察の中で正義を信じる刑事が身の危険も顧みず仲間を告発する映画だったし、「狼たちの午後」は銀行強盗に入ったダメ男たちが希望に目覚めていく映画だったし、「評決」はクズ弁護士が正義に目覚め、誇りを取り戻していく映画だった。
正義のない社会に正義を求める。それがシドニー・ルメットのスタイルだったはずだ。
それが84歳にして正義に絶望している。社会派の巨匠はついに正義などというものは存在しないと悟ったのだろうか。
この映画は、家族の絆すら否定したあげく、今年73歳になる名優アルバート・フィニーが真っ白い光に包まれて去っていくところで終わる。全てを否定し葬り去った彼だけは「悪魔に気づかれる前に」天国へ向かったのだろうか。

最後に役者について。
久しぶりのアルバート・フィニーはもちろんいい。
いまやすっかり「怪優」として知られるようになったフィリップ・シーモア・ホフマンは、誰もが持っている狂気に乗っ取られるまでを生き生きと演じている。柔和な笑顔を絶やさず犯罪計画を語るところなんざ瞠目ものだ(しかしこの人、僕より年下なんだよな、びっくり)。
どうしようもないダメ男を演じるイーサン・ホークも素晴らしい。馬鹿なのに,馬鹿の癖に事態を好転させようとしてのっぴきならない羽目に追い込まれる男を説得力たっぷりに演じている。

それから音楽もいい。静かな緊張感を持続させる。
この映画観ていて「ノー・カントリー」とテイストが何となく似てるなあと思っていたら、音楽が同じカーター・バーウェルだった。

とにかくいろんな意味で観て損はない一本。



posted by 紅灯 at 19:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月17日

パッションがあれば懐メロにならない

山下達郎のコンサートに行ってきました。
いつもなら若干詳しくリポートを書くところ。ましてや6年ぶりの全国ツアーとくればなおのことなんですが、ライブの終盤、達カさんが「ツアーが終わる4月まで、ネットなどでのネタばらしは控えてください」という呼び掛けがあり、セットリスト含めてきょうの時点では書かないことにします。

ですが素晴らしいパフォーマンスであり、山下達郎はおそらく現在最高のポップミュージシャンであることをあらためて印象付けたことは間違いないライブでした。
とにかく鳥肌が立ちっぱなしの全体を貫くグルーブ感が素晴らしい。
今回のツアーからドラムが小笠原拓海に代わり、ファンの注目もそこに集まったと思うんだけれど、これが素晴らしい。まだ24歳。アラウンド50のメンバーの中ではやたら目立つけど(達カさん曰く「ウチの娘と同じ年」)、「これからの日本の音楽シーンを背負って立つ」という達カさんの紹介に嘘はない逸材。

達カさんのMCは、綾小路きみまろのマネまで飛び出すサービスぶりだったけど、硬派なスタイルは健在。
「RIDE ON TIME」から28年、「クリスマス・イブ」から25年が経ったことを紹介し、「もう懐メロだよね」と嘆いてみせる。
「こういう懐メロにすがってディナーショウでもやってれば楽だよね」。

ここで達カさん、猫背気味の背中をぐいと伸ばし、客席を見据えた。
「でもね、ロックンロールはパッションだ。パッションがあれば懐メロにはならないんだ」
「いつまで声が出るのか神のみぞ知るけれど、これからもロックンロールのパッションを持ち続ける」
思わず熱い拍手を送り続けてしまった。

山下達郎56歳。
僕はどこまでパッションを持ち続けていられるのだろう。
「懐メロ」な人生に用はない。



タグ:山下達郎
posted by 紅灯 at 21:31| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月11日

今年の目標

なんて、松も明けた今頃になって何言ってんだと言われそうです。
元来不言実行タイプで(というか口に出しちゃうとやらなきゃならないから面倒というだけ)、今回も黙ってようと思ったんですが、でもこれだけは宣言しておかないと絶対に達成できないようなことがひとつあるんです。

何かというと、ハーフマラソンレースに出たい!

調子に乗ってますねえ。走り始めたの先月ですよ。まだ累計13回しか走っていない。それも最高5.5キロ。何言ってんだかと自分でも思います。

昨日今年初めてジムに行って汗を流しました。ラン5キロスイム2キロ。
年末年始のブランク明けだったので筋トレもいれてフルメニューというところ。
ランは、最初の頃は身体のコントロールもよくわからなかったんですが、金哲彦さんの「3時間台で完走するマラソン」(光文社新書)を読んで目から鱗でしたね。ここに書いてあるポイントをいくつか実践するだけで見事に身体が軽くなる。本当に走りがスムーズになる。びっくり。
金さんは今日の京都の女子駅伝のテレビ解説もしていましたが、歯切れよくわかりやすく論理的。こういう指導者がスポーツ界には大切なんだろうなあ。

で最近、右脚の筋力が左脚のそれに較べて明らかに低いことが分かってきて、右脚の筋力強化中。片脚だけ強化してバランスのとれた脚力を実現するにはどうしたらいいかも金さんの上記の本の中にちゃんと書いてある。
で、自分もそのうちレースに出られるんじゃないかと思わせられる。

運動嫌いのマラソン初心者をその気にさせるおそるべき本。
おすすめです。




posted by 紅灯 at 20:39| Comment(1) | TrackBack(0) | ジョギング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月09日

怒濤の新年と初怒り

年が明けて間もなく10日。
3日から仕事に復帰してずっと働いているわけだけど、とにかく忙しかった。夜は夜で新年の挨拶だなんだと帰れない。
まあ、特に帰るところがあるわけでもないという(もちろんあるんだけど)気易さもあって、明け方2時間ほどうとうとして出勤→早朝3時間ほどうとうとして仕事場へ→日の出の頃布団にくるまって……という生活を一週間続けたらさすがに疲れた。もう若くないんだなあ。

新年早々のこの欄に「ことしは大波瀾万万丈な年」などと書いたけど、初っ端からこれじゃ身体が持たない。

ところで話はがらりと変わりますが、昨夜昔のサザンコンフォートと今のサザンコンフォートを飲み比べさせて貰った。
これがもう、昔の方が美味いのなんの。深い香り、こくのある甘み、殆ど別の酒である。
でも昔の方はもうまず手に入らない。
バーボンもそうだけど、効率と販売至上主義(ライトな酒が「トレンド」みたいな)が、頑固一徹だったはずのアルコール文化も蝕みはじめているのかと思うと、あまりの情け無さに涙が出てくる年の始まりでした。

で、このサザンコンフォートにアマレットをあわせると「シシリアン・キス」というカクテルになるそうだ。
本当に甘いカクテルなんだけれど、下品に流れずほっとする香り。疲れているときのベストカクテル。



posted by 紅灯 at 20:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 酒・料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月05日

この先30年

昨夜のこと。
20年近く世話になっているマスターが酒を奢ってくれた。
カウンターに坐って、ぼーっとバーボンロックなどを飲んでいたら、目の前に大振りのショットグラスがぽん、と置かれた。
マスターは何も言わず、笑っている。
軽く香りをかぐと、優しい。
脣を湿らすようにして口に含むと、柔らかく華やかな香りに包まれる。
スコッチだ。それも飛び切りの。

(あててごらん)というようにマスターが見ているので、思い付くままにいくつか挙げてみたが、どれも違った。
「30年物なのにわからんかな?」という一言ではっとした。
「バランタイン?」
そしてカウンターの上に置かれたのは紛うことなきバランタインの30年。

「初めて飲んだよ」
そういうと、マスターは「うまかろ」と言って私の目を見た。
「これから30年、決めたことは続けないかんよ」
そういってまた笑った。

ありがと。
マスターの気持ちに応えられるかどうか自信はないけど、このバランタインの味は忘れない。


posted by 紅灯 at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 酒・料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月04日

大人の定義2009

みなさま、明けましておめでとうございます。
いつも御世話になっている方、このブログだけで私をお知りの方、普段不義理をしている方、とにもかくにも今年もよろしくお願いします。

さて、去年は私にとってなかなか波瀾万丈だった年でしたが、今年は去年以上に大波瀾万万丈な年になりそうな予感がしています。
といいますか、つまりは人生も半ばを過ぎ、そろそろ中締めをして次のステージを見付けないといけないという焦りのようなものもあります。
皆様方におかれましてはまたいろいろ厄介をかけるかもしれませんが、温かい目で見てやって貰えると幸いです。

などと柄にもないことを考えていた正月の実家でのこと。
妹夫婦が子どもを連れて帰省していました。
上の女の子は小学一年生、下の男の子は幼稚園の年少組。
本来なら私はれっきとした「おじさん」なのでありますが、なぜか彼女彼らにファーストネームに「くん」付けで呼ばれているのであります。
仮にここでは「灯くん」ということにしておきましょう。
上の子は、昔は「セミは夏が終わるとゴキブリになって冬を越すんだよ」「えー、すごおい」などと私の言葉にいちいち感動してくれていたのに、どうも最近冷たい。
この年末年始も「また灯くんが嘘ばかりついてるよ」などと親に告げ口される始末。それもどうも上から目線。七歳児に上から目線とはどういうことかと思っていたら謎が解けました。

私が同窓会で留守にしていた夜、私が以前出演した番組のDVDをこの子たちに見せたらしいんですな。そうしたら二人の驚くこと驚くこと。
「灯くんがテレビに出てる!」「出てる!」
そこで「ほら、灯くんはちゃんとお仕事してるね」と妹だか親だかが言ったところ、さらに大騒ぎ。
「えーっ、灯くん、お仕事してるの??」
「そうだよ、お仕事してるんだよ」と説明しようとする親たちにトドメの一言。
「灯くんって、大人だったの!?」

おい、今までいったい何だと思ってたんだ。
という当然の疑問に対して彼女はこう答えたらしい。
「だって、大人は灯くんみたいな馬鹿なことはしないんだよ!」

あのね。
どうにも君たちのお母さんのお兄さんなんだから大人に決まってるだろ!というのはどうやら子どもには通用しない考え方のようです。
「大人」=ちゃんとしている。
「子ども」=馬鹿なことしたりして怒られる。
「紅灯」=馬鹿なことしてお母さんたちに怒られたり、自分から見ても頭が悪そうでいつもふざけてる。
故に「紅灯」=「子ども」。
QED。

うーん、子どもってよく見てます。というかちゃんと論理的に物事を考えているような気がします。
どんなに奇妙な結論だって、常識を持ってきて一件落着にしたりせず、ちゃんと自分で考えた結果ならそれでよし。
これを年始の教訓としたいと思います。
(違うかな?)







posted by 紅灯 at 17:41| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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