「容疑者Xの献身」を観てきました。
封切り初日に行くなんてよほど楽しみにしてたのかなどと思われそうですが、たまたま時間が空いたのと、行った回がレイトショーだったので、ドラマの特番の放送時間帯と重なり、空いてるんじゃないかと思ったんです。
甘かった。さすがに立ち見と言うことはありませんが(レイトショーだし)、客席は7割の入り。みんな留守録してるんでしょうね。もうタイムスケジュール通りにテレビを観る習慣なんてほとんどなくなってきたってことでしょう。視聴率なんて意味ないな。
さてその客席。レイトショーにもかかわらず圧倒的に10代後半から20代女子が多い。彼女たちの内訳は、福山ファン6割ドラマファン4割、またはその両方10割といったところでしょうか。
それから30〜40代のおっさん、これは一人客がちらほら。これはミステリファンでしょうな。
さてこの映画、言わずとしれた東野圭吾の直木賞受賞作にして大ベストセラーの映画化です。原作は、丹念に作られたミステリ小説の鏡のような端正な作品で、トリックは細心の注意を払って作ってあります。全編に伏線が張り巡らされ、しかし、お話自身は大変地味といういかにも東野圭吾らしい作品です。
ということはつまり、まったくもって映画化しにくい作品でもあるということです。
こういう映画を観るときのお約束は「期待しちゃいかん」と言い聞かせておくこと。
しかし一方、この映画のベースとなったテレビシリーズは、意外と原作の持ち味をしっかり生かした作りになっていましたので、「期待しちゃいかん」と思いつつも、「ひょっとして面白いかも」などと色気を出しておりました。
以下、結末やトリックに触れている部分があります。未見の方はご注意を。
オープニングはど派手です。ドラマシリーズのノリそのまんま。ですが原作にはありません(当たり前だ)。
「こりゃどうなんだろう」と思いつつ観ていると、いきなり地味になります。
今回の事実上の主役、堤真一演じる石神が住むアパートやその周辺の下町っぽいたたずまいなんて、もう原作のイメージそのままで、良くこんな場所ロケハンしてきたなあと感動したほど。
で、お話はほぼ原作どおり。「いいのか」「大丈夫なのか」とこっちが心配になるほど地味に原作どおりです。
しかし演出は非常に手堅い。時間、場所、人……、ミステリに必要な「伏線」をきっちり押さえています。原作を知らずに初めてこの映画を観た人は、もう一度見直すと「ああ、これか」「ここにも!」ってな感じで楽しめると思いますよ。冒頭の石神の通勤風景の描写にトリックが堂々と写ってたりします。
原作に使われる大技、登場人物の描写によって読者をミスリードする叙述トリックの部分もしっかり取り込んでいるし、とにかく2時間にまとめるための刈り込み方が大変うまい。
さすがに映画としてはあまりに地味なので原作にないシーンも付け加えていますが、これもありきたりながら抑え気味の演出が効果的。
監督の西谷弘という人は「県庁の星」を撮っていますが、基本はテレビの人で、「エンジン」や「ラスト・クリスマス」などを撮ったベテラン。テレビの「ガリレオ」シリーズも手がけていますが、テレビシリーズとはずいぶん趣が違う。最後の方に編集がおかしいと思ったところもあったけど(時間がなかったのか?)、映画とテレビの文法の違いをよく知っている人のように思う。
そしてラスト。
さすがに東野圭吾独特の後味の悪さフルスロットルのあのラストは変えるだろうと思っていたのですが、やりましたね。
CMでも流されている堤真一号泣の意味は・・・。主人公とヒロインが同じ場所で号泣しているのに、それが全くすれ違っているというか、ものすごく広くて深い谷が横たわっています。ミステリ&恋愛ドラマなのに、観客に絶対にカタルシスを与えない終わり方。
あのラストで「ねえねえ、ヒロインは○○のつもりなのに、堤真一は○○なんだよね、そんなのアリ?」などと不安に思った方、たぶんあなたはそれで正しい。
いいのかこれで、という映画ですが、いいんです。
この映画、福山雅治「ガリレオ」を選択せずに、東野圭吾「容疑者Xの献身」を選択したその心意気は見事と褒めておきましょう。
まあ、もともと原作もそうなんですが、そもそも「ガリレオ」というキャラでやる必要のないお話なんですね。ガリレオ役を刑事たちに交換すれば、そのまんま「特捜最前線」とか「七人の刑事」とかで最良のエピソードになりそうな地味で暗い、しかしよくできたお話です。
おかげでミステリ映画としては近年にない上質の映画となりました。
たぶんヒットはしないと思いますが。
映画が終わって出口へ急ぐ女の子たちやカップルたちの表情は一様に芳しくありません。
主人公たちは号泣しているのに客は引くばかりで全然泣けないし(私は主人公の悲惨な心情を思うと泣けてきましたが)、話は(舞台設定は)びんぼー臭いし。
主人公のはずの福山くんは全然活躍しないし(でも相変わらずお洒落。そのお洒落が思い切り浮いてる)。
私の目の前を歩いていた10代後半の思い切りヤンキーなカップルは、剣呑な雰囲気を思いっきりまき散らしながらシネコンを出るまで口を聞くどころか顔を合わせようともしませんでした。あれはこの後「映画を観よう!」と誘った誘わないで間違いなく喧嘩になったと思われます。
最後に役者について少し。
最近妙にインテリの役が多い堤真一は絶好調ですな。JAC(千葉真一が作ったジャパンアクションクラブ)出身だってもう知ってる人も少ないかも。この数年やたら出演作が多いですが、こういう線が太くて幅広い役柄ができる俳優減ったからなあ、貴重なんでしょうな。
福山雅治は、テレビドラマでは割と評価していたんですが、映画は向いていないようです。
あと、益岡徹が相変わらずいい味出しています。