2008年05月27日

追悼・シドニー・ポラック

また一人、好きだった映画監督が亡くなってしまった。
シドニー・ポラック。職人監督と言っていいと思うし、本人もうれしいかもしれない。

サスペンス、ラブロマンス、ミステリ、アクション、国際陰謀もの、とにかくまあ節操なく何でも撮った。
で、どれも楽しめる娯楽作ばかり。ハリウッド映画はこうでなきゃっていう「顔」のような人だった。
監督作で言えば、ダスティン・ホフマンが女装して話題になった「トッツィー」、バーブラ・ストライザンドとロバート・レッドフォードという誰も考えないだろうこの組み合わせでラブロマンスはっていうのに大ヒットした「追憶」、地味なのに面白いCIAもの「コンドル」、アル・パチーノのメロドラマ「ボビー・ディアフィールド」、ポール・ニューマンの社会派ドラマ「スクープ」、アカデミー賞を総なめにしたメロドラマの王道「愛と哀しみの果て」、トム・クルーズのサスペンス「ザ・ファーム法律事務所」など、こうして挙げると旬の俳優を実にうまく使いこなしているのが分かる。

この嗅覚の良さはプロデューサーとしても存分に発揮され、ミシェル・ファイファーの魅力全開「恋のゆくえ・ファビュラス・ベイカー・ボーイズ」、マイケル・J・フォックスのナイーブさがうまく生かされた(ヒットはしなかったけど、これはフォックスの代表作と言っていいと思う)「再会の街」、ハリソン・フォードのイメージをスター・ウオーズから「演技派」に塗り替えた「推定無罪」と、いとまがない。
本当にハリウッドの持つ「良さ」「明るさ」「屈託のなさ」を体現した監督だった。

で、ここでは余り注目されそうにない1作を取り上げたい。
初期の一本「ひとりぼっちの青春」。
賞金のために過酷なダンス・マラソンに出た一組のカップル(ジェーン・フォンダとマイケル・サラザン)が、過酷な試練を乗り越えて……というと、今ならいかにもアメリカ的なハッピーエンドを想像しそうだが、そうはならない。この救いようのないラストはハリウッド映画史のなかでも特筆に値する。
1969年という製作年ならではであるけれど、狂気と悲壮感と絶望に充ち満ちた映画だ。格差社会は今に始まった問題ではないし、希望と絶望は表裏一体。アメリカン・ニューシネマに乗っかったと言えばいかにもポラックらしいと思われるかもしれないが、しかし、常にポラックの映画にあふれる優しい視線は、この映画が出発点となったことを考えると、逆にわかりやすいのではないかと思う。

(映画のタイトル表記ミスを手直ししました。ご指摘ありがとうございました。タイトルはちゃんと確認しなきゃね。5/28)
posted by 紅灯 at 20:12| Comment(1) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月25日

田舎暮らし

阿蘇から降りてきました。
いやー、やっぱり阿蘇はいいですね。大自然に包まれて。
眼前に広がる大カルデラ。見渡す限りの草原。滾々とわき出る湧水。
うーん、生き返る!

などと言っていたのはまあ、二日目まで。
三日も過ぎる頃になると、
「なんか、こう、あれですよねぇ」と私。
「そうですねえ、あれですねえ」とプロデューサー。
心なしか二人とも元気がない。
「やっぱりあれが恋しいですか」
「夜の街のねぇ、灯りがねぇ…」
「真っ暗ですもんね、ここ」と私。
大自然に洗われたすがすがしい心はどこへ行ったんだか。
まあ、私も「紅灯」なんぞ名乗っていますように、紅灯の巷をさまようことなく生きては行きません。

阿蘇で一仕事終えて、旅館に戻る。
飯もうまいです。阿蘇のあか牛、脂身が少なくこれぞ肉ってな感じで最高です。
お次は温泉。阿蘇の温泉、言うまでもなく最高です。
で、部屋へ。
……。
…………。
ああ、今ここにレモンピールを加えたスコッチのハイボールがあったら。
平たいグラスに注いだシメイ(青)があったら。
レモンも何も入れない、マイヤーズのソーダ割りがあったら。

でも外は真っ暗。漆黒の闇。
カエルがゲロゲロ。

「仕方ない、寝るか」
──消灯。
って、これが正しい田舎暮らしなんでしょうか?

最終日、くだんのプロデューサー氏との会話。
「ねえ、紅灯さん」
「はいはい」
「よくいうでしょ。仕事リタイアしたら第二の人生田舎で暮らしたいって」
「ああー、よく聞きます聞きます。はいはい」
「わかんないですねぇ、ああいうの」
「……。何考えてんですかねぇ、まったく」

街に着いた我々は、脱兎の如く紅灯の巷へ飛び込んでいったのでありました。
posted by 紅灯 at 19:36| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月18日

出張準備

明日から山ごもりです。
と言っても、別に夏山に登るとか、修行にでるとかいうわけではなくて仕事です。
宿も民宿みたいなところで、当然ネット環境もなし。
なのでちょっとブログはお休みです。

私一人で、というのなら気も楽ですが、今回総勢50人の大所帯。せっかく山にこもっても気の休まるときもないんだろうなあ。

最近私的なことでいろいろ抱えているので、気分転換にはちょうどいいかもしれません。
5月の山の空気を思う存分吸ってきます。
posted by 紅灯 at 15:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月15日

ライウイスキー23年

貴重なウイスキーを飲みました。
その名は「リッテンハウス23年シングルバレルライウイスキー」。
詳しい説明はこちらを見ていただくとして、要するにライウイスキーの23年ものです。
「ライウイスキー」と「23年」。
並べてみてもピンと来ません。
「日本酒」と「古酒」というくらいピンと来ない。
バーボンですら20年以上なんて冗談のようなものなのに、ましてライ。
なんだかこれだけでもう、心を込めてライウイスキーを大切に扱ってる人たちがいるんだなあ、という気がしませんか。
でもって、ちゃんと日本酒にも古酒があり、それが大変にとぎすまされているように、この23年のリッテンハウスも見事なお酒でした。
なんと言ってもその香り。鼻をグラスに近づけると、立ち上ってくるのはまるでマールかブランデー。甘く華やかな香りです。しばらく香りだけかいで満足。でもやっぱり酒なので、グラスを傾け口に含むと、おおっとびっくり。いきなり目が覚めました。口中にはがつんとライウィスキーの味。当たり前です。当たり前ですが、あまりに華やかな香りと、洗練されてはいますが野趣あふれる味が脳のなかでうまく整理できない感じ。おもしろいです。ちょっとした初体験ですね、これは。
思いついて少し水で割ってみることにしました。「このバカモンがぁ!」という方、お許しを。だってやってみたかったんだもん。少し加水すると香りが甘やかになりそうじゃないですか。
でもさすがにそのまま水を入れるのはもったいないので、ちゃんとマスターは別のグラスと水をくれました。
で、ウィスキーと水を少量ずついれ、よく混ぜて、いただきます。
・・・・・・・。おお、予想どおりなんと甘やかな香り。これがウィスキーだろうか?
と、喜び勇んでくいっとグラスを傾けると。
おや。おやや。
さっきまでのあの重厚なライウィスキーの芳醇さはどこへやら。ほんの少し加水しただけなのに、実になんとも痩せた味になってしまいました。正直、美味しくない。
その後はストレートに戻ったのはいうまでもありませんが、うーむ、面白い酒だなあ。

よい子は余りまねしてはいけませんが(っていうかもったいないよな)、美味しく楽しいライウィスキー23年でございました。
posted by 紅灯 at 15:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 酒・料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月12日

スティーブ・ガッド!

たとえあなたが「スティーブ・ガッド」というドラマーを知らなくても、その「音」は耳にしたことがあるはず。
クラプトン、チック・コリア、ジェームス・ブラウン、P・マッカートニー、競演したミュージシャンを上げていけばきりがないんだけど、日本で最も有名なガッドのドラムソロといえば、これでしょう。
「恋人と別れる50の方法」サイモン&ガーファンクル。
ポール・サイモンがガッドに依頼したと言われるこのドラムソロ、一度聞いたら忘れることができません。Aメロの演奏はドラムのみという冒険が、結果的に少しも冒険になってない。いかにもガッドらしい(というかこの後本格化するガッドらしい)、シンプルきわまりないドラムソロなのに、めちゃめちゃグルーブがある。ドラムソロと言えば連打と思いこんでいた当時のミュージシャンを(プロアマ、そしてドラマーかどうかを問わず)愕然とさせたものです。
この後のガッドの活躍ぶりと言えばもう書き上げてもきりがないんだけど、とにかく引っ張りだこで「世界一忙しいドラマー」だとか、「スティーブ・ゴッド」だとか言われたりしました。
私もちょっと太鼓叩いたことがあったので、当然憧れました。ガッドに憧れないドラマーなんている?

んで、何で今更ガッドの話を延々としているかというと、来たんですよガッドが。日本に。それも西の果ての九州は熊本に。
信じられますか?熊本にいながらスティーブ・ガッド。
なんでそんなことになったかというと、このブログで以前書いたマリンバの吉田ミカさんが総合プロデュースをつとめる音楽祭「アイランド・マジック」が熊本市と天草で計三日間あって、吉田ミカさんとガッドは知己があったので、今回スペシャルゲストとして登場した、とこういうわけです。
ちなみに他のメンバーはベースがエディ・ゴメス。クラリネットがリチャード・ストルツマン。ゲスト・ボーカルに伊藤君子。アレンジを担当した大島ミチルもMCで登場。おいおいちょっといいのかよこれ、っていうくらい贅沢すぎ。文字通りアイランド・マジックです。
でもやっぱり私の目はあこがれの人、ガッドに釘付け。
普通に8ビート刻んでても何かが全然違うんだもん。もうガッドも御年63歳、そのシンプルさはもうわびさびの境地に達しています。でも今も引っ張りだこっていう理由はよくわかりました。昔、ガッドは主役を食ってしまうとよくいわれましたが、今は違います。実に良く他のメンバーを引き立て、ドレスアップしてやるんですな。なんというのか、そう、父親がおめかしした幼い息子のネクタイを直してやるかのように。ステージでストルツマンの息子がピアノを弾いてたんですが、「ああ彼は今ここでこんな音が欲しいと感じているんだろうな」と思った瞬間、思った通りの(またはそれ以上の)音でスネアやバスが一撃される。もうこれ一度経験したらそのミュージシャン病みつきですよ。これ以上ない音で欲求不満が昇華されるから、演奏者も聴衆もこれ以上ないカタルシスが味わえる。ドラムセッションのエクスタシーとしか表現できない。音と音が絡みあう快感は肉体のそれを遥かに凌駕することだってある。

私この日、いろいろ抱えて、本音はコンサートどころじゃなかったんですが、すべて忘れました。
それでいいのか?って思いますがね。
でも音楽ってそういうもの。
posted by 紅灯 at 12:03| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月06日

連休明けが締め切りなんて‥‥

おととし、水俣病の取材を一年間チームで続け、週1回のペースで放送した。そういう内容だから地味な番組だったんだけど、一部では評判も良くて90分の特番も2回くらい作ったりした。
さすがに終わったときは疲れ果てて、しばらくこの番組のことは考えたくないと思って放っておいたら、あっという間に一年以上経ってしまった。
すると「あの番組は放送しっぱなしなの?」という質問をあちこちで受けるようになってしまった。まあ、放送なんてそもそも「送りっ放し」と書くわけなんだけどね。
なんとかしなくちゃならんかなあと思っていたところに、このブログでも触れた杉本栄子さんの死去ということがあり、さすがにいい加減な私も本腰を入れることになったわけです。

ただ、50人の取材を文章にまとめると、単純に一人原稿用紙10枚と勘定しても500枚。本業抱えながらこれだけの枚数を一気に書くのは絶対に無理だと思って、どうしようかなあと悩んでいたところに、実にタイミング良く、某雑誌から原稿の執筆依頼。
で、これこれしかじかと相談したところ、じゃ、連載と言うことになったわけです。連載なら少しずつ書いて連載が終了すれば自動的にまとまった量の原稿が残るというわけ。
後は書くだけ、となったんですが、締め切りがあす。つまり連休明け。
枚数は100枚。
この連休は原稿書きに明け暮れることになってしまい、ようやく今日アップした次第。疲れた。
でも今夜は数年ぶりの友人が訪ねてくるので、これから空港へお出迎え。一仕事終えたし、うまい酒飲むぞっと。
posted by 紅灯 at 16:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月01日

笑う会長

きょうは水俣病が公式確認されて52年目の慰霊式だった。
初めての出席となる鴨下環境相と蒲島熊本県知事は、いずれも式の中で「水俣病救済策」に言及して、強い意欲を見せたが、対照的にチッソの後藤会長は全く触れなかった。
与党がまとめた「救済策」というのは、現行の認定基準の矛盾には一切触れず、150万円程度の一時金を柱にしたもので、チッソはこの救済策の受け入れを拒否し続け、先月も直談判で受け入れを迫った環境相と県知事を袖にしている。
環境相は以前、きょう5月1日の慰霊式までに解決してみせると大見得を切って見せただけに、怒り心頭のご様子だ。
しかし式の後、チッソの後藤会長は「5月1日、慰霊式は毎年あるもので、別に気にしてない。大臣はたまたまこういう行事に引っかけただけだろう」とマスコミの前で言い放ち、大臣を完全にコケにして見せた。
こうしたチッソの態度に、強い批判が出ている。まあ当然だろう。どう見ても開き直りだし、何より被害者や環境相だけでなく、チッソを取り巻くすべてをなめきったように見える態度は確かに不快だ。
しかしこの問題の根本は、「救済策」というシロモノが果たしてまともなものなのか、ということにつきる。
実はこの「救済策」を受け入れないとしているのはチッソだけではない。
被害者団体も半分の団体が受け入れを拒否している。内容があまりにずさんだというわけだ。
被害者も加害者も双方が受け入れられないと言っている程度の内容のものをまとめて、「救済策ができたから受け入れろ、解決しろ」といっているのが今の与党と政府の姿勢だ。
反対している被害者団体は、認定基準の問題に手を付けずにごまかす内容は我慢できないといっているわけだし、チッソはそんなものを加害者側が受け入れても全面解決にならない、つかみ金を出せと言われてもそりゃ無理ですといっている。
要するにチッソに見透かされているわけだ。この「救済策」がいかに低レベルなものでしかないことを。
チッソの後藤会長は、きょうもにやにや笑っていた。それを不謹慎だというのはたやすいが、「俺の笑いの意味が分かる程度に勉強しろよ、君たち」と言っているようで仕方がない。
ラベル:水俣病
posted by 紅灯 at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 水俣病 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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